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中森明菜の青春 【前編】 ~歌謡界のDIVA(ディーバ)について考える~ [邦楽]

              

あれは忘れもしない、私が中学3年生の、受験も近い晩秋のある平日に、山口百恵は赤坂の
霊南坂教会で結婚式を挙げた。

親友だった亜矢子が百恵ちゃんの熱狂的ファンで、結婚式の日は学校を休むだの休まないだの
前の日から大騒ぎして、結局その当日は何故か泣き腫らしたような目で学校に来ていたのを
昨日のことのように思い出す。

百恵ちゃんはいつにも増して菩薩のような悟りきった表情を浮かべ、白い花が顔を取り囲む清廉な
ヘッドドレスに、修道女のようにシンプルなウェディングドレスで教会の戸口に立った。

  (どうしてもこの画像しか見つからず、不本意ながら大衆女性雑誌より・・・)


あの、酸いも甘いも噛み分けたような全てを包み込む穏やかな笑みは、30歳とか35歳くらいの
女性がやっと何とか出せるものであると思うが、なんと彼女は引退時、まだ21歳であった。
(ちなみに、そこからほぼダブルスコアに近い私ですら、女としてまだあの微笑みの域には全く
到達できていない・・・。いまだに煩悩だらけだ。・・ってまあ、私のことなどどうでもいい)

結婚とともに、完全に芸能界から足を洗う。いわゆる、寿引退。
今では考えられないことだ。

アイドル歌手が結婚するという報が流れて、「どうでしょう、引退するんでしょうかね~?」などと
発言するコメンテーターは今、居ない。そんなこと、もはや誰も思いもしない。
一般の会社においても、相手の住まいや転勤など特別な事情を覗けば、結婚がそのまま退社に
結びつくこともかなり稀になった。もはや今では、「寿退社」という言葉そのものが、"腰掛けOL" 
とか "アッシーくん" とか "貢くん" なんていう当時のイヤな流行語が連動して思い出される
くらいに、バブル時代の遺物のような響きすらある。

だが百恵ちゃんは、「結婚して仕事を辞め、夫や子供のためだけに生きる道」を、何の迷いもなく
選択した。確かに、その頃の世の中はまだそんな感じではあった。

が、しかし。国民的スター山口百恵だ。
大勢の客を呼んで盛況を博しているパーティの一番いいところで、主役がいきなり 「じゃあ!」
って帰ってしまうような状況だ。本当に帰るのかよ?そのあとどうすんのよ?という空気が芸能界
にも同様に満ちていた。そのくらい、業界の頂点にあっていきなり結婚・引退の道を選ぶという
潔すぎる幕引きは、当時センセーショナルだったのである。

そしてトップスター百恵ちゃんが忽然と居なくなり、百恵フリークの友人・亜矢子だけでなく、何と
なく私自身の中にも、受験勉強の疲れも手伝った脱力感が広がってしばし呆然としていたら
それから20日と経たないうちに、こんどはジョン・レノンが射殺されるという大事件が起きた。

この2つの時期がかなりシンクロしている事実をどれだけの人が覚えていることだろうか。
(というかまぁ・・・百恵ちゃんとジョン・・・ファン層はほぼかぶらないから、この2つの出来事を
合わせて考える人もそう居ないんだろうな。)

何にせよ。明らかに何かが終わり、何かが転換していく時期にさしかかっていた。

時は4ヶ月ほどさかのぼり、同じく中3の夏頃に学年で遠足のようなものがあった。
(詳細の記憶は見事にない)
行きの観光バスの中で、クラスのお調子者タコミツ (名前が光雄。顔がタコに似ている) が、
ラジカセで、とある曲を延々、大音量で流していた。

   「♪あぁ~~私のぉ~恋は~・・・南の~風に乗って走るわ~・・・・」

少しだけハスキーさの混じった、伸びのある爽やかな歌声。そして、とにかくものすごく歌が
上手い。 「聖子ちゃん、サイコー!!」 タコミツは大興奮で、周囲のクラスメートを巻き込んで
ラジカセから流れる 『青い珊瑚礁』 を大声で一緒に歌っていた。

 

私も、松田聖子は多少は知っては居たものの、それが彼女の歌をちゃんと聴いた初めての瞬間
であった。まだ夏の初めくらいだったのか、かなり汗ばむような日だったが、この、少しの陰もない
バーンと扉を開け放ったような堂々とした存在感、歌いっぷりは、明らかに今までの歌謡曲で
聴いたことのない何かがあって、私は内心 「こりゃ~~、久々にキたかもな・・・・」と実感したもの
である。

その後の彼女の飛ぶ鳥を落とす快進撃は言うまでもないわけで、登場の時期で言ってもまさに
「ポスト百恵・No.1」と言えた。

百恵は生い立ちがやや暗く、存在そのものにも何とも言えない陰があり、それだけに彼女が歌う
歌には独特の湿度と妖艶さがあって、そこに時に不良っぽさが加わったり、大御所らしいオーラが
加わったり、変幻自在な雰囲気をたたえていた。この仕事で母親と妹(淑子・・・確か)を食べさせ
ていくんだ!という静かなる執念みたいなものも垣間見えた。

だが、彼女の引退と入れ替わるように現れ出でた松田聖子は、ホカホカと幸せに育った博多の
中流サラリーマンの家庭の娘で、「憧れの郷ひろみに会いたくて」ミスセブンティーンのオーディ
ションを受けて、高校3年生にもなってから上京しデビューしたクチである。
(ちなみに、今回、何一つ下調べをしていない。記憶のみで書いているので多少違っているかも)

彼女には特に、養うべき家族は居なかった。郷ひろみに会えて、あと好きな歌を歌ってアイドル
歌手になってみたいな♪という少女らしい夢を比較的簡単に手に入れた。
あの独特のネバっこい歌い方のせいか、彼女の歌唱力はもしかすると若干過小評価されている
かもしれないが、松田聖子は実は山口百恵なんかよりたぶん、ずっと天性の歌唱力があると思う。
(百恵はどちらかというと、努力で歌唱力を徐々につけていったほうではなかろうか)

本気で根性入れて歌えばもっともっと聴かせる歌が歌えるところを、あえてアイドル路線の、
キャピキャピムード満載の楽曲に終始し、松本隆的な"ぶりぶり"女の子ワールドを貫き通した。
この徹底ぶりは、まさに戦略勝ちといっていいだろう。

さて
『赤いスイートピー』 などの、ただキャピキャピだけでないシットリとした名曲をも見事に大ヒットさせ
歌唱力・売り上げ共に十分に百恵級だった聖子であったが、しかし「ブリッコ」という流行語を生む
ほどに何かしら軽ノリすぎるところがあり、恋愛ゴシップも常について回って、何よりも日本人好み
の「哀愁」がどこにも漂わないために、「ポスト百恵」というにはちょっと違うのかな~、といった
ムードがなんとなく漂っていたまさにそんな頃・・・・ひっそりと 中森明菜 はデビューした。

 

彼女のデビュー曲 『スローモーション』は、来過ぎた顔 ・・もとい(笑)、来生たかお&えつこの
姉弟コンビによる美しいメロディラインの名曲であるが、デビュー時のキャッチフレーズが
『ちょっとHなミルキーッ娘(こ)』 の割には楽曲が本格的すぎて若々しいパンチに欠け、あまり
売れなかった。 (こういうのも、何ひとつ調べることなく書ける自分がホントいやだ~)

デビューさせてから、スタッフ陣はすぐにその戦略の半端さに気付いたか、2曲目ではいきなり、
ちょっとHなミルキーッ娘にはドンピシャ(笑)と言える 『少女A』という曲を送り込んだ。
この辺の展開も、山口百恵とちょっと似通ったところがある。

百恵は 『としごろ』 という明るめの佳曲でデビューしたが、同期デビューの桜田淳子の底抜けな
明るさと抜群の愛らしさに太刀打ちできるわけもなく、明らかに遅れを取ることとなった。

 

そこで、急激な方針変更をこころみ、出した2曲目は、あの
    「♪あ~なた~が望むなら~ 私~何を~あげてもいいわ~」
という、曲調もドマイナーなら歌詞もちょっとワルっぽく衝撃的だった『青い果実』である。
この作戦で人気に火がついたのをいいことに、立て続けに「チョイ悪・少女」路線は続き、
    「♪あ~な~たに女の子~の一番~大切な~ものをあげるわ」
なんていう歌詞もたいそう話題を呼んだ。
こういう意味ありげな大人びた曲を弱冠14歳の地味めなルックスの少女に歌わせ、大人たちは
「女の子の一番大切なものって何だと思う?百恵ちゃん?」などと、したり顔で質問し、それに対し
事務所に教えられた通りに 「ハイ、真心です」と真っ直ぐに答える純真な彼女の心を、よってたか
って、もて遊んだ。

人は悲しいもので、いったん堕ちると(?)、這い上がるのは至難のワザ、というところがある。
一度不良のレッテルを貼られたら最後、二度とキャピキャピとカワイ子ぶることは許されない。

不良は目立つ。普通の子がニコニコ立っていてもそんなに目を引かないが、ちょっと可愛い顔を
した女の子が、道端に脚を開いて座りながら道行く人にガンをつけていると、それはかなり目立つ。
そうやって人にワルの印象をつけたら最後、もうまっとうな少女に戻ることは出来なくなる。

キャピキャピ少女がたまに不良ぶる姿は可愛いものだが、不良少女はもう2度と、明るい太陽の
下には立てない。
頑張って立ったところで、どうしても違和感があって周囲が自然と引いてしまうのである。

百恵も明菜もその穴に落ちた。
「皆んなが明るく売り出すなら、じゃあこっちは暗ぁ~く打って出ようじゃないか!」という、
ある意味安易すぎる戦略によって、うっかり「マイナースタート」を踏んだものだから、あとはもう
ご存知のとおり "マイナー路線" まっしぐら。出す曲出す曲、マイナー調。

百恵ちゃんはそれでも、『乙女座宮』 とか 『夢先案内人』といった、柔らかなメジャーソングも時折
織り交ぜたが、それを特に 「あれっ。珍しくメジャーだ・・」とは思わせなかったのは、彼女の高い
表現力や楽曲の質の良さという好条件があったからだと思う。
引退前には 『さよならの向こう側』 なんていう、よく聴くとそんなにたいした曲じゃないんだけど、
百恵の最後っ屁的 (失礼) 迫力で大ヒットした1曲を出し、何だかんだいっても最後は上手い具合
にメジャーソングで高らかにまとめ上げたという感じである。

しかし明菜はそうは行かなかった。百恵以上に徹底して「ツッパリ路線」「アンニュイ路線」で
走ってしまった身の上に、もう明るいメジャーソングは絶対に歌えなかった。
百恵のように、徐々にメジャー・マイナーの枠を超えたスケールの大きさを獲得していく技量を、
悲しいかな明菜は持つまでには到らなかったと思う。
マイナー調の曲はどうしても湿度を帯びる。その湿度は、時代に連動しうつろってゆく歌謡曲という
大衆文化にどうしても絡み取られやすく、ポップでドライで明るいメジャー調の曲と違って、普遍性
を持ちにくい。すなわち、時代の波に飲み込まれていってしまうのである。

それが演歌であれば、いかに湿っていようが、基本的に演歌とは、湿っていてナンボ、時代と
連動してナンボの世界のものであるのでそれでいい。
しかしポップスとなるとそうは行かない。時代の湿度を帯びてしまうと、いつしか時代遅れ感を
背負うことになる。松田聖子のように、明るくピョンピョンと、色んな時代のシーンを飛び石のように
跳び越えて上手く切り抜けていくことが出来にくい。

とはいえ、私の記憶では、中森明菜のシングルにも1曲だけメジャー調の曲がある。
それは、あの「事件」後、長いブランクを経て心機一転再スタート、という時に出した
『Dear Friend』 という曲だ。
色々すったもんだがあったのちに元気に復活!という時に、今までのマイナー調ではさすがに
シャレにならないかも・・・という制作側の判断だったのだろうが、やはり哀しいくらい、彼女には
メジャーの曲は合わなかった。
エレガントなロングヘアをばっさり切って安っぽいパーマをかけ、やせ細った貧相な身体に、明るい
色のタンクトップが涙を誘った。顔付きもすっかりしなびてしまい、ムリして作る笑顔からこぼれる
真っ白い差し歯の前歯がやけに大きく見えた。

それはやっぱり売れなかった。メジャーソングはやっぱりムリだった。
いや、もうあんな忌まわしい事があって、メジャー・マイナーの以前の問題だったのだろうけど。

その後、彼女の曲はまた静かにマイナー基調に戻っていった。

そして、存在そのものもどんどんマイナーになっていってしまった。

そうは言っても、あれだけの歌唱力と、表情がくるくる変わって人を惹きつける天性のスター性を
持っていたのだから、あの事件さえなければ、もしかすると松田聖子など軽く押しのけ、正真正銘
山口百恵のあとを継いで、永遠に紅白の指定席が約束されたような大御所歌手になれていたの
かもしれない。

最後に余談といえば余談だが
中森明菜は取り立てて不幸な生い立ちというわけではないが、その家庭は、ちょっと美空ひばり
の家を思わせる個性的な雰囲気のものであった。
東京清瀬市の中森精肉店の娘で、兄妹がたくさんいる。何人いるかは定かではない。
(さすがの私もそこまでマニアックでは・・・・え、もう充分ですか?笑)
すぐ下の妹の明穂も、そこそこ可愛い顔をしていたので一時期テレビに出たりしたが、すぐに売れ
なくなって最後はプレイボーイとかでヌードになったりして(見た事はないけど、中吊り広告で
載ってたのを読んだ)お決まりな消え方をした。
彼女の母親はいかにも「若い頃は素行が悪かった」という風情のハスッパ(←おそらく死語)な
おばちゃんで、「おい、アキナ」「なんだよ、お母ちゃん」みたいなノリで時々テレビに出てくること
があった。

彼女が歌謡界においてどんどん上に上がっていくのに連動して、中森家一族は皆、徐々に
「大成功を治めた我が家の星」のヒモ化し、ろくろく仕事もせずブラブラして彼女の収入に頼りきる
ようになっていたようだ。これぞトップスターの陥りがちな運命(さだめ)と言えるが。
後半は、彼女が親とたくさんの兄弟のためにビルを1つ立ててやって、各フロアで母親や兄や
姉にスナックをやらせたり、何とか自分たちで生計を立てるように目論んだようだが、一度
根付いたヒモ体質は直ることがなかったのか、皆一様にあまり成功はしなかったとみえる。

この、ダメな家族に引きずられていた明菜や、父親に捨てられて質素な暮らしを余儀なくされた
百恵などの暗い私生活の部分が、これまたスター歌手としての存在に、程よい陰影と哀愁を
与えるわけで、ある意味、日本においてはスターの条件と言えなくもない。
これだけは松田聖子には持ちたくても持てないものであった。
(持ちたか~ないか、そんなもの)

なんか、本当に書きたかった本題に入る前に、おっそろしく文章が長くなってしまったので、
不本意ながら 「明菜とその仲間たち(?)」 編は前/後編 に分けることとします。

勢いだけで一気に書きまくったアイドル論・・・・

あ、高尚な音楽趣味の皆さん。引いてませんか!?待って~っ
私、別に聖子や明菜のファンってことではないんですよ。
その時代・時代の寵児に注目してみることが好きなだけっ。
彼女らのことが特別好きなわけじゃないんですぅ~ 信じて~~!

      *        *         *

あ、ひとつ書き忘れましたが
昨年だったか、会社の先輩と一緒にパシフィコ横浜での中森明菜のコンサートに行って来た
んでした♪

(思いっきし好きじゃーーーん!?・・・って、もらい券なんですけどね。)






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コメント 36

ayumusic

よし!今回も一番乗り。
微笑に微笑しました。The女性週刊誌って感じですね。この頃のスター(?)って凄味がありましたよね。単に、かわいらしい、とか歌が上手い、とかにとどまらず、何か全身全霊でエンターテイメントに取り組んでるって感じで。
いまのJpopのひとに、一番欠けているとこなんじゃないでしょうかね。
by ayumusic (2006-03-18 13:27) 

milk_tea

1番乗りありがとうございます。

>単に、かわいらしい、とか歌が上手い、とかにとどまらず、何か全身全霊で
>エンターテイメントに取り組んでるって感じで。

確かに、昔はどんなに若いアイドル歌手でも、覚悟を決めて真剣に仕事してる
雰囲気がありましたよね。なんか、一瞬も「素」が見えない感じすら有り。
「趣味:編み物、料理。 好きな食べ物:いちご。 将来の目標:ミュージカル
に出ること」みたいなプロフィールが普通でした。 今のアイドルは全く平気で
「好きな食べ物:ホルモン焼。 趣味:F1観戦。」とか、飾ることがない。
まあ、それもある意味、等身大でいいと言えばいいのかもしれませんが。
何となく、憧れるには物足りない世界になっちゃいましたね。
by milk_tea (2006-03-18 21:22) 

MASA

待ってました!さっそくトラバさせていただきましたよ。

>私、別に聖子や明菜のファンってことではないんですよ。

ここまで書いといて何をおっしゃいますやら。詳しすぎです。
中森精肉店なんて、そんなもんすっかり忘れてました(笑)。そういや肉屋の娘だったなあ。ちなみに確か明菜は5人兄妹の2番目か3番目だったかな?(この辺あやふや)

ちょっとツッコミ入れていいすか(笑)?百恵の第2弾は確かに「青い果実」ですけど、 「♪あ〜な〜たに女の子〜の一番〜大切な〜ものをあげるわ」は「ひと夏の経験」で、確か5枚目くらいのシングルではなかったかと。揚げ足取ってゴメンね^^。というわけで、同期の最大のライバル桜田淳子との差別化を図るのは何枚かのシングルを経てからということになりますね。

きっと明菜はTVで見る百恵ちゃんに憧れて「スタ誕」に応募したんでしょうが(1回落ちて2度目で合格)、明らかに百恵の強い影響を受けていて、歌い方はもちろん、インタビューでのボソボソした喋り方まですっかり真似たエピゴーネン的な時代が長くありましたね。
しかし、湿度の高さで言えば明菜の方がはるかに高い。百恵よりも不幸な背景を背負っていないわりにはなぜか不幸な雰囲気が似合って、マイナー路線一直線。もうちょっと明るい曲も歌って欲しかったけど、それだとやっぱり明菜にはいまいち合わなかったのかなあ。
その辺も含めて、もっと突っ込んだ展開が予想される後編楽しみにしてます。
by MASA (2006-03-19 00:28) 

milk_tea

MASAさんのコメントを読み・・・・あ!!すぐに気付きました。

  ♪あーなたーが望むならー私ー何をーあげてもいいわーー

こっちでしたね!!(似てませんか?世界が・・)
文章直さなくちゃ・・・・・・・
なので、2曲目から「悪い子モード」になったのは間違いないんです。
歌が違いましたね!
by milk_tea (2006-03-19 01:18) 

MASA

あ、それって「青い果実」だったっけ?(私ももう記憶が曖昧だ〜)
じゃ、第2弾で路線変更したってこと自体に変わりはないですね。
失礼こきました〜。
by MASA (2006-03-19 01:18) 

parlophone

中森明菜を論じるのに山口百恵から始まり松田聖子をあいだに挟んで…
って長すぎですから~。
残念!…
のあの人、どこ行っちゃったんでしょう。
けっこう好きだったのに…(笑)。

さて今回も聖子、明菜にはほとんど思い入れがありません(爆。
それで百恵にコメント入れさせていただきま~す。
許されよ、milk殿。

ぼくは「としごろ」を歌う、歌も下手でどこか垢抜けない山口百恵が好きでした。
それは「天使も夢見る」でデビューした桜田淳子の、いかにも優等生アイドル的な笑顔に対するアンチ・テーゼとしての好意であり、別に山口百恵でなくてもよかったのかもしれません。

けれども、73年の第2弾シングル「青い果実」の過激な歌詞によって一躍トップ・アイドルの仲間入りを果たし、「禁じられた遊び」、「ひと夏の経験」…といったぐあいにアブナイ路線で頂点に向かって上り詰めて行くにしたがって、ぼくのなかにだんだん「それでいいのか、百恵?」というような疑問が生じてきました(笑)。
それはピンク・レディー「ペッパー警部」の「♪私たちこれからイイところ~」や「8時だよ、全員集合!」のカトちゃんの「ちょっとだけよ」などと同じく、「性」がTVという媒体を通じてお茶の間に入ってきたことを意味するので、時代の趨勢といえばそれまでなのですが、15歳の少女にとっては選択の余地もないプロダクションの方針が痛々しくも感じられたのでした。

それも阿木燿子/宇崎竜童コンビによる「横須賀ストーリー」に始まる一連の路線よって雲散霧消した感じもあったのですが、さだまさしや谷村新司の歌を歌うころからぼくの興味はだんだん薄らいでいきました。
もともと不器用でけっして歌がうまいとはいえない山口百恵に、大げさなアレンジを施した大げさな曲。
「美・サイレント」で、マイクに向かって口をパクパクさせ、司会者が「あれは何て言ってるんですか」などと恥ずかしげもなく質問するようすをぼくはしらじらした気持ちで見ていたような気がします。

1980年の引退の時にはぼくはもう社会人でしたが、その「潔い退き際」に大いなる危惧を持ちました。
「山口百恵の引退」は当時の政府・与党を大いに喜ばせる出来事だったのです。
(それは考えすぎだろ、と思う方がいらっしゃったら、あまりにも政治的に無知だと申し上げるほかありません)
つまり、トップ・アイドルが「結婚したら仕事は辞めて家庭に入る」というのは教育勅語の復活を望む政府・自民党にとっては願ってもないことなので、彼女の本心はどうであれ、その行為が女性の社会進出を少なくとも5年遅らせたことは間違いありません。

『山口百恵は菩薩である』という書物を著したのはジャズ評論家の相倉久人でしたが、そういう現世利益的な意味では、百恵は菩薩ではなく政府・自民党の救世主であり神だったんですね。

それにくらべると聖子ちゃんも明菜もいかにも現代っ子であり、その逞しさがぼくは好きです^^。

milkちゃん、このコメントまずかったら削除して構いませんので。
お気遣いなく^^
by parlophone (2006-03-19 01:22) 

milk_tea

>あ、それって「青い果実」だったっけ?(私ももう記憶が曖昧だ〜)

ええ確か・・・・自信ないですが・・・(調べないで書くからこういうことになる。)

>じゃ、第2弾で路線変更したってこと自体に変わりはないですね。

たぶんそうだと思うんですよ。・・・ってボケ老人同士の会話かぁぁ~
by milk_tea (2006-03-19 01:35) 

milk_tea

だんだん眠くなってきて、たくさん書けなくなってきたのですが、ご心配には
及びません。parloさん説、すべて同意ですよ。

>さだまさしや谷村新司の歌を歌うころからぼくの興味はだんだん薄らいで
>いきました。

この辺も大いに同感!!!
「秋桜」も「いい日旅立ち」も、私だいっきらいです。

>その行為が女性の社会進出を少なくとも5年遅らせたことは間違い
>ありません。

これは本当にそうでしょうね。ある意味、霊南坂教会の入口でのあの、
「私って賢女でしょう?潔いでしょう?」 という勝ち誇ったような微笑みは
偉大なる時代錯誤だった、と言えるんでしょうね。
別に、あそこまで登りつめ押しも押されぬスターになった人が、あの段階で
そう潔くある必要もなかったんですよね実際・・・・・。
ほんと、おっしゃるとおりかも、です。
by milk_tea (2006-03-19 01:46) 

MASA

こんな夜中にふたりでお互いのボケボケぶりを披露しあって何なんでしょうか(笑)。
タイトルと歌詞が私の中ですぐには一致しませんでしたが、「青い果実」で間違いないと思いますよ。ご心配なく^^。
by MASA (2006-03-19 01:51) 

milk_tea

じいさんや・・・問題箇所の文章、直しました。 ばあさんより・・・。
by milk_tea (2006-03-19 01:57) 

P's

ミルクさん、こんばんわ~

またまたさすがです。
微笑みの研究やら結婚観をちりばめ、メジャーとマイナーと大衆文化の関係を
結びつけながらアイドルを語ってしまう力量には舌をまきます。
アイドルにマイナーを歌わせるということは本当に難しい判断なんでしょうね。
さらに歌詞に性的なものや反社会的なものをおりまぜる、とすれば
これはもう、そのアイドルの一生を決めてしまう・・・
恐ろしいことです。

しかしながら、確かに、「青い果実」と「ひと夏の経験」は混同しますね。
なんでそんなに百恵に操をすてさせたいんかい!って
ファンにやきもきさせるコンセプトは一貫してたんですね・・
by P's (2006-03-19 02:39) 

縦割

今回はアイドル論ですか。
アイドル論、そして中森明菜といえば、中森明夫を思い出しますね。
でも彼のアイドル論に迫るかそれ以上の分析に充分
なっている。
私も百恵以外はそれほどなじみはない感じですが、全てものすごく納得
しました。
マイナーソングが時代の波に飲み込まれてしまうのは本当ですね。
カラオケなんかでも何故かマイナーソングを歌うのはやたらと
恥ずかしい。
by 縦割 (2006-03-19 17:53) 

milk_tea

P'sさんいつもありがとうございます。

>アイドルにマイナーを歌わせるということは本当に難しい判断
>なんでしょうね。

そうですねー、でも 「マイナーで行く」 と一度定まれば、やらせる側は結構
ラクかもしれません。たまったもんじゃないのは本人ですよね。
右も左もわからず、さてデビューとなったらいきなり 「キミのキャッチフレーズ、
ちょっとHなミルキーッ娘 だから。」って言われるわけで。
横暴もはなはだしいですよねぇ~
事務所でその子の人生の責任負いきれるのかって話ですね。

>しかしながら、確かに、「青い果実」と「ひと夏の経験」は混同しますね。

ホント。中身同じでしたね。単なる2ndドジョウ狙いでした。

>なんでそんなに百恵に操をすてさせたいんかい!って

ユーミンも歌っていますが 
 ♪男はいつも最初の恋人になりたがり 
   女はいつも最後の愛人で居たい
                       ・・・らしいです。
真っ白いものに手をつけたいのが男なんですよね。(やだやだ。)
それにしても「貴方が望むなら私何をされてもいいわ」なんて言葉を14歳に
歌わせる、って、改めて考えるとちょっとあまりに良識疑いますよねー。
だいたい「されても」ってアータ・・・双方からの自発的行為として行わんか!
なっとらーーん!
by milk_tea (2006-03-19 23:31) 

milk_tea

縦割さんこんにちわ~。いつもすみません。
>アイドル論、そして中森明菜といえば、中森明夫を思い出しますね。

そういえば居ましたね。今もいるんでしょうか??
泉麻人とか中森明夫とか、ああいうテイスト好きですね。
ナンシー関も大好きですが、あそこまでバッサリ切る勇気はないですけどね。

>カラオケなんかでも何故かマイナーソングを歌うのはやたらと恥ずかしい。

でもま、古めの歌謡曲を歌うのは何にせよ恥ずかしいですよね!
50歳前後くらいの部長級が「勝手にしやがれ」を帽子投げるフリつきで
歌ったり、40歳前後くらいの課長級が「ギンギラギンにさりげなく」をノリノリ
で歌ったりしてるのを見るのはやっぱりかなりツライ。
カラオケで何を歌うかって、本当に難しいですね。
by milk_tea (2006-03-19 23:56) 

P's

おばんです。

しかし、当時のアイドルの売り出し文句って相当ひどかったですね。
「ちょっとHな」って、女の子が、本当はまったくまだまだ少女でも
かってにHにさせられちゃうわけで、あまりにかわいそう。
ターゲットが完全に男子だった、ということなんでしょうね。

「何をされてもいい」なんて、ある面清純を主張しながら、
別の面で、相手に好かれようとしたりしている、男にとってみれば
たまらない女子の中途半端さを出していたわけで、考えようによってはかなり
周到な戦略ともいえますね。
by P's (2006-03-20 00:05) 

wanko

歌謡曲担当のwankoです。MTさん、こんにちは。
百恵ちゃん(今でも百恵ちゃんと呼んでしまう)は、まさに薄幸な感じでしたよね~。
そして、あの肩の疱瘡の跡が痛々しくって、小さい頃虐められていたのでは
あるまいか?と勘違いしてしまい、ますます守ってあげたくなる感じ。
実際は注射の跡だから、まったくそんなことはないのだけれど。

桜田淳子が「天使も夢みる」だの「わたしの青い鳥」だの幸せたっぷりな歌を
歌っている時に、百恵ちゃんは「青い果実」や「禁じられた遊び」のような
弄ばれてる感満載の歌を歌っていたのですねぇ。

当時の私は、まるでそんなことなど気付きもしない、放課後は男子と
ドッジボールをやってたような小学生でしたが、あらためて歌詞を見ると、
超Mです!!!

「夏ひらく青春」なんていう、スポ根ドラマのタイトルか?!って曲までも
後で泣いたり、駄目になったりしちゃう。

そんな百恵ちゃんは薄幸路線を進んだ後、人気絶頂の時に愛する人
(初恋かも知れないですね?!)と結婚して、すぱっと引退するという見事な
引き際を演じ、逆に、陽の当たる道をスキップしながら歩いてきたと
思われていた淳子は、(なぜか、淳子ちゃんとは呼べない)若さだけで
カバーしてきた歌唱力をカバーしきれなくなり、薄幸路線の教祖とも言える?
中島みゆきの歌を歌ったりもしたが、やがて女優に軸足を移したあげく
最後はT教会の合同結婚式で「マンセー!」と叫ぶ有様。

うーむ。人生色々だ。
by wanko (2006-03-20 14:23) 

roland bynum

その微笑の表紙のモモエちゃんの顔というか、ああいう表情の女性ね。
80年代で日本から消えたと思う。90年代までは韓国でよく見かけた。
ワールドカップぐらいに韓国からも消えた。私は仕事で今は中国とアメリカと
行ったり来たりしてるんですが、中国の辺境農村なんかでは、今も見かけるね。しかしだんだん消えつつある。最後の望みは北朝鮮だね。友達が北の元山というところで蟹缶の工場やってるけど、モモエちゃんみないな女工さんが
いっぱいいるって言ってたね。
by roland bynum (2006-03-20 17:12) 

milk_tea

wankoさんがご指名に応えてコメント下さったのにレスポンス遅くて
すみません。プチ旅行していました。

>あの肩の疱瘡の跡が痛々しくって
>実際は注射の跡だから

そうそう、これねー。さすがwankoさん指摘ポイントが渋いです。
当時、色んな人が百恵論みたいなのを出してましたが「あの腕の痕こそが
百恵そのものである」とか、「彼女の最大の色気はあの痕である」みたいな
何だかもっともらしい事を言ってる人が結構いましたね。

>そんな百恵ちゃんは薄幸路線を進んだ後、人気絶頂の時に愛する人
>(初恋かも知れないですね?!)と結婚して

うんうん、初恋かも。いまどき初恋の人と結婚した人って、秋篠宮の紀子様
と百恵ちゃんくらいかも、です。

>淳子は、(なぜか、淳子ちゃんとは呼べない)若さだけで
>カバーしてきた歌唱力をカバーしきれなくなり、薄幸路線の教祖とも言える
>中島みゆきの歌を歌ったりもしたが

そういえばそうでした。「サンタモニカの風(?)」とか「きまぐれヴィーナス」
あたりを超えてから、行き詰まりをみたか、方向転換してマイナーソングを
結構歌ってましたね。
あ、でもかなり初期に「花占い」っていう、独白入りのド・マイナーな曲も
ありました。実はあれ好きでした。("この花は私です・・・"ってやつ)

>最後はT教会の合同結婚式で「マンセー!」と叫ぶ有様。

出たーっ!!(笑)本当ですよねー。人生ってどっち方面に転がっていくか全く
わからないもんです。で、これまた幸せな結婚を手に入れたかのように見えた
森昌子も今になって・・・ですからねぇ。
これで百恵ちゃんが熟年離婚なんかすると、結婚当時に女性の生き方を
5年遅らせた彼女も、今になって一気にその遅れを取り戻して最先端に
立つかも!?
by milk_tea (2006-03-21 19:32) 

milk_tea

rolandさんこんにちわ!
>80年代で日本から消えたと思う。90年代までは韓国でよく見かけた。
>ワールドカップぐらいに韓国からも消えた。

おっしゃることわかります。本当ですね。韓国も急激に素朴さを失い、チャラ
チャラしていきましたもんね。

>私は仕事で今は中国とアメリカと行ったり来たりしてるんですが、

その名前のせいか?クールな語り口のせいか?
rolandさんのイメージってものすごく無機質で、想像がつかない雰囲気なん
ですけど、やはり海外を股にかけていらっしゃる・・・・中国とアメリカ・・・・
アヘンの売人とかでしょうか?(笑)

>中国の辺境農村なんかでは、今も見かけるね。

中国にはまだまだ居そう!紡績工場のラインとかで、あの薄っすらとした
静かな微笑みで絹糸つむいでそう・・・(←「あゝ野麦峠」の映像と混ざってる)
何にせよ、中国に一番いるタイプの顔のような気がします。
私が5年か6年の時、女子バレーのワールドカップがあって、中国チームが
瞬間的にやたら人気だったことがあります。
その時、アタッカーで楊希(日本読みでヨウキ、中国名ヤン・シー)という
美人選手がいて百恵ちゃんソックリでした。中国の百恵ちゃんと呼ばれて
一番人気で、中国政府にやっと許されて、北京放送に特別出演で日本の
ファンにメッセージをしたりしてました。
これ、絶対誰も覚えてないでしょうね~。私って一体・・・。

>友達が北の元山というところで蟹缶の工場やってるけど

北朝鮮で蟹缶の工場やってる友達が居るrolandさんに興味津々ですけどね、
どっちかというと!!(笑)

>モモエちゃんみないな女工さんがいっぱいいるって言ってたね。

居そう居そう。あのアゴのラインとか唇の形とか、The・アジアって感じ
しますよね。平成の日本には何故かすっかり居なくなってしまいました。
by milk_tea (2006-03-21 23:23) 

MOJO

アイドルってのは誰しも通ってきてるわけですから、こういうのも楽しいですね。
小学校の教室なんてフィンガーファイブや西城秀樹の筆箱とか下敷きってのが溢れてましたもんね。
中学生のときスキーにいって、超「お堅い」イメージの友達がいかに山口百恵が素晴らしいかを桜田淳子を引き合いにだしながら延々と語り、寝させてくれなかったのを思い出しました。(因みに僕は桜田淳子の方が好きでしたが。)
高校で木内みどりが駆け落ちしたときファンだった奴に向かってそのことを言って囃した奴をそいつが殴ったという事件もあったっけ。(何もそこまで熱くならなくても、みたいな。)
大昔の銀幕のスター、原節子とか、ってホントに手の届かない存在だったのに、最近のタレントはホントに身近な存在になっちゃいましたね。バンドとかも今はルックスなんて関係ないもんね。
なんとなく昔の感覚からするといいような悪いような。
やっぱり手の届かない存在ってのもあってもいいような気がするんですけどね。
by MOJO (2006-03-22 16:32) 

スズランラン

ブログにご訪問&コメントをいただき、ありがとうございました。
なつかしい顔がたくさん出てくるサイトですね。
百恵さんも大好きでしたよ。引退の時のLP「百恵伝説」やLPジャケットサイズの写真集「百恵」も買いました。当時は蒼い時って自伝も読みました。
聖子ちゃんも明菜ちゃんも良く聴いていましたからなつかしいです。
by スズランラン (2006-03-22 20:59) 

milk_tea

MOJOさんいらっしゃいませ。
>アイドルってのは誰しも通ってきてるわけですから、こういうのも楽しい

そうそう。誰もが昔かよった駄菓子屋のお菓子やクジをリアルに思い出せる
ように、歌謡曲は皆んなの心に印象的に残っているものなんですよね。

>中学生のときスキーにいって、超「お堅い」イメージの友達がいかに山口
>百恵が素晴らしいかを桜田淳子を引き合いにだしながら延々と語り、

アハハハそういうのいいですね。きっと彼の自宅の自分の部屋には、
GOROの付録の百恵のピンナップとかがドーンと貼られていたかもしれない
です。

>高校で木内みどりが駆け落ちしたときファンだった奴に向かってそのことを
>言って囃した奴をそいつが殴ったという事件もあったっけ。

あー木内みどりは素敵でした。駆け落ち相手は確か後藤つぐとしでしたよね。
私はあの時まだまだ子供でしたが「大人の女ってきっとこんな感じ」という
漠然とした憧れのイメージを持ってました。彼女に憧れる高校生男子の気持ち
はよーくわかります。アレンジャーだかゴレンジャーだかよくわからん男に
いきなり憧れの人を奪われたどうにもならない怒りが、その友達に一気に
向けられたんでしょうね。
by milk_tea (2006-03-22 23:39) 

milk_tea

スズランランさんとは・・・楊希選手のことを検索してる途中書き込んだサイト
のかたですか!?こちらにも来訪いただき、ありがとうございます!
「楊希」といって「あーー懐かしい・・・」なんて言ってくださる人はほぼ皆無
でしょうからね。発見して嬉しかったです。
さて「蒼い時」私も当然読みましたよ~。「青」じゃなく「蒼」なのが何とも、ね。
しかし20や21でああやって自分の半生(というか、4分の1生くらいですよ
ねぇ)を客観的に語れるって、今思うとスゴすぎますね。
というか、ハタチの段階であそこまで人生悟っちゃうとそのあとどうなるのか?
あの当時のハタチは皆そうだったのか、百恵だけが突出してオトナだった
のか?謎です。
重ね重ね、訪問ありがとうございました。
by milk_tea (2006-03-22 23:49) 

wanko

wanko再び。
後藤次利と結婚して、その後、離婚。現在、竹中直人夫人のキノウチミドリは、
どうやら「木之内みどり」と書くらしいですよ。
「木内みどり(キウチミドリ)」って女優さんもいるんですよね。ややこしい。

個人的な思い出ですが、子供の頃に、横浜のダイヤモンド地下街にある
レコード屋さんで、新人歌手が10人くらい、自分の名前の入ったタスキを
かけて、宣伝のため練り歩いて?いたのに出くわし、その中にいた
木之内みどりと握手したことがあります。
ひんやりした手だったのを、今だに覚えてます。

そして、現在の後藤次利夫人は河合その子ですよねぇ!?
根っからのアイドル好きなんだ、後藤次利って人は!
by wanko (2006-03-23 11:28) 

milk_tea

wankoさんどうも~。確かに、「木内みどり」は、あのちょっと面白い役どころの
多い女優さんでしたね。
玉置宏と玉置浩二とか、財津一郎と財津和夫とかもちょっと間違えやすい
ですよね。私だけか?

>木之内みどりと握手したことがあります。
>ひんやりした手だったのを、今だに覚えてます。

横浜に木之内みどりが!
有名人の手とかって、だいたい "ひんやりしていた"って言われることが多い
ものですよね、 不思議に。
それってやっぱり、たくさんの人と握手をするためにずーっと手を前に差し
出しているから、血の気が引いているからでしょうか。
あと、美しい女ほど身体が冷たいという話を聞いた事があります。その意味
は、よくわかりませんけど。
ちなみに私はつねに手足がやたら温かいです。(くそーっ)
by milk_tea (2006-03-24 14:57) 

derosa84

>横浜に木之内みどりが!
木之内みどりといえば 横浜イレブン って曲を思い出してしまいます。
♪ヨコハマイレブン ヨコハマイレブン あんたの傷を癒すのは~
って曲でしたね。(歌唱力もやはり当時のアイドル並み)
後藤次利もアレンジャーというよりもベーシストなんですよね。

あっそれと財津和夫と財津一郎、確かにどちらだったか迷いますね。
ヒッジョウニ キビシイ!は一郎で、わがままは♪和夫ですよね?

明菜から木之内みどり、最後は財津一郎って
本題がかなりずれてしまいましたけど
ようやく話に参加できたderosa84でした。
by derosa84 (2006-03-24 21:00) 

MASA

木之内みどりと言えば「野球狂の詩」の水原勇気役ですよ。魔球・ドリームボール投げちゃうんだから(笑)。誰も知らないか。
高田みずえの「ガラス坂」のオリジナルはこの人でした。
後藤次利はサディスティック・ミカ・バンドの2代目ベーシストでもありましたよね。最初の奥さんはシモンズ(「恋人もいないのに」)のどっちか片っぽです。工藤静香などもそうですが、自分が作曲を手がけた女性歌手何人かととずいぶん浮き名を流しましたっけね。商品に手を出すのはこの人の得意技のようで(笑)。
何だか「芸能界のこんなこと知ってるぞ話」になってしまいましたー(笑)。
by MASA (2006-03-24 23:55) 

milk_tea

derosaさん、MASAさん「こんなこと知ってるぞ」情報の提供ありがとう
ございます!?

>木之内みどりといえば 横浜イレブン って曲を思い出してしまいます。

ありましたね。というかあれだけでしたよね?
今思うと横浜イレブンって何のことですかね。横浜の午後11時のこと?
しかし、純白アイドルの木ノ内みどりに、♪ あんたの傷を癒すのは~
って歌詞を歌わせるのもどうなんでしょう。もしかして、アイドルというより
もうちょいオトナの女扱いだったんでしたっけ?

>木之内みどりと言えば「野球狂の詩」の水原勇気役ですよ。

これも、いやになっちゃいますがよく覚えてます。漫画の中の水原勇気の
雰囲気、よく出してましたよね。
でもどうなんだろう、スポーツ実写モノの役なんかあえて受けなくてもねぇー。
でも「刑事犬カール」なんかもやってたし、結構仕事選んでなかったですね。
(ふいに、「カーーール!!」っていう彼女の呼び声を思い出した)

>高田みずえの「ガラス坂」のオリジナルはこの人でした。

そうなんですか?初耳です。高田みずえにはピッタリな曲でしたけど。

>最初の奥さんはシモンズ(「恋人もいないのに」)のどっちか片っぽです。

ちゅーことは、わかるだけでも都合3回結婚してるんですね?つわものだー!
今は河合その子で落ち着いているのでしょうか?そういう人は死ぬまで色々
ありそうですが・・・。
特別顔がいいとかでもなく、自分からマメに色々仕掛けてるわけでもないのに
何故かやたらと女にモテる男っていうのが時々いるんですよね。そういう男は
何かというと「お前も俺みたいな男で回り道してないで、誰かもっといい男と
一緒になって幸せになれよ・・・」なんてタバコの煙くゆらしながらクールに
つぶやいたりして、女はますますハマリ込むという図式です。
(私は過去あまりそういうタイプとはご縁がなかった。良かったような残念な
ような・・)
by milk_tea (2006-03-25 12:21) 

ayumusic

milkさん、おかえりなさい。湯治いかがでしたか?ロックなmilkさんが、熱海で湯治って、やっぱジョンレノンのように富士屋ホテルだったのかなー。
後藤次利ってちょっといけすかない感じですね。同じベーシストとして、あまりに音楽をなめてるというか、女性にもてすぎです。(ひがみ?)ポールやスティングや矢沢永吉やジャコやマーカスミラーやグレッグレイク、、、、などのように、もっと音楽に精進して!と同じベーシストとして、一言言いたいです。(完全にひがみ)
by ayumusic (2006-03-25 15:50) 

milk_tea

あ、湯治バレてましたね。どこかで書いたんでした。富士屋ホテルではなか
ったのですが。平日と絡めて行ったため、見事にジジババだらけ!!
早朝に、誰も居ないと思って温泉に行ったらやっぱり老人は朝が早く、すでに
たくさん人が居ました(笑)。しかし、老女達の間で温泉に浸かっていると・・・・
もう、自分で言うのもなんですが・・・掃き溜めに鶴でしたね~(おい!) 
若いってやっぱり素晴らしいことなのね~(究極の比較論)
ま、独り言はさておき・・
私は後藤次利はギタリストだと思っていたのですが、やはりホントのモテ男は
ベーシストである!という噂は本当なのですね。
ayumuさんも何だかんだ言って、実は密かにツグトシってるんじゃないで
しょうね?
by milk_tea (2006-03-26 00:03) 

MASA

えー、milkさん熱海行ったんですか。来月だったら私も出張先が静岡〜熱海方面なので、もうちょっと後ならどこかの温泉場ですれ違っていたかも?
湯治ねえ。いいっすねえ。掃きだめに鶴ですか。周りのウメボシばあさんたちはさぞやmilkさんのバツグンのバディに見とれていたことでしょう(笑)。
私はあくまで仕事なので、熱海なんか行ってもゆっくり温泉なんぞに浸かっている暇がないのが残念(泣)。
by MASA (2006-03-26 01:20) 

milk_tea

温泉場で振り向きざまに、「貴方はもしや、MASAさんでは?」「そういう貴女
は!milkさん!」なんてことって・・・・・無理ですね。どんなにカンの鋭い私
でも。(笑)

ところで朝風呂に入っていたら、いきなりシャワーとか脇にあるジャグジーが
冷水に変わっており、脱衣所の向こうから「お客様ー!突然ボイラーが壊れて
しまいご迷惑おかけしておりますぅー!」という番頭さん?の絶叫が聞こえ
ビックリしたのですが、温泉(中央の浴槽)だけは普通に熱いままでした。
「あらスゴイ、本当に温泉だったんだ!」と感心してしまいました。
(世の中のあらゆる事に対して過大に期待しない癖がついている模様。
どうせ水道水じゃねーの、くらい思っていたのでした。笑)
by milk_tea (2006-03-26 13:18) 

Makiya

明菜のファンページで紹介されていましたのでこちらに飛んでまいりました。
卓越した文章力で、「単なる熱狂的明菜ファン」では決して書けない、冷静で分析的で、かつ根底に愛情のある文章で非常に感銘を受けました。
よみうりランドイーストのレビューのあたりは特に面白く、私も気に入っているライブ映像なのでワクワクしながら読みました。

明菜論だけのブログかと思いきやそうではなく、ついでに拝見したいずれも非常に奥深い考察をされていて、しかもコメントが長大で皆さん平気で長々私見をのべ、それに丁寧に答えるやりとりも特異なもので、とても内容の濃いものです。いいね!で評価を終える昨今のSNSとは完全に別世界ですね。何かプロの作家さんなのかと思いましたが、普通に会社員をしておられる女性のようでこれまた驚いています。
単なる感想だけですみません。皆さんのようにあれこれ語れない…基本受け身型人間です。
by Makiya (2014-06-08 11:58) 

milk_tea

Makiyaさん、はじめまして。コメントをありがとうございます。

>明菜のファンページで紹介されていましたのでこちらに飛んでまいりました。

そういってここを見に来る方がたくさんいらっしゃいます。ありがとうございます。

>「単なる熱狂的明菜ファン」では決して書けない、冷静で分析的で、かつ根底に愛情のある文章で非常に感銘を受けました。

はい、ファンなのかは自分でもよく判りませんが、誰よりもその動きが気になる人なんですよね。生きベタな感じが、妙にシンパシーを覚えさせるのです。

>非常に奥深い考察をされていて、しかもコメントが長大で皆さん平気で長々私見をのべ、それに丁寧に答えるやりとりも特異なもので、

私は、日々よそのブログを見回るような習慣がないので、戴いたコメントに丁寧に返事をすることで、その不義理を解消しようとしています。まあ、そうでなくても皆さん興味深いことを色々書いてきてくださるので、どうしても長くなりますね(笑)

>皆さんのようにあれこれ語れない…基本受け身型人間です。

いえ~そういう感じはしません。また何か気付いたら色々コメントしてください。

by milk_tea (2014-06-10 22:25) 

紅

今更野暮なツッコミだが、Dear Friendは売れましたよ。50万枚以上のセールスとなりました。
つーか復帰後にワーナーから出した3シングルは事件前のシングルより売れている。
さすがに事実誤認が過ぎるので書いておきます。
by (2015-01-16 11:43) 

milk_tea

紅さん初めまして、コメントをいただきありがとうございます。

Dear Friend は長いブランクのあとの復帰後第一作だったし、けっこう売れていたんですね。失礼いたしました。
イバれたことではないですが、私はほとんど下調べはせずに感覚だけで書いているので、細かい点、特に数字的なことなどはおそらく間違いばかりです。(事実と対峙するとどうも縛られてくるので、自分の記憶をトレースする作業だけで書いてます)

Dear Friend に関しては、セールスとしてはそれなりだったのかもしれませんが、例えば今カラオケに行って、TATOOやLIARを歌う人は多くとも、Dear Friendを歌う人は見た事がない。ある程度経過して、あの曲が人の口の端にのぼるのを聞いたことは1度もありません。
そういう意味では、もしTATOOやLIARよりDear Friend のほうが売上枚数は行っている、という事実があるのだとしても、そっちのほうが「売れた」(=大衆が大手を振って受け入れた)とは個人的にはどうも思えないです。
そういう感覚的なところで書いていますので、読む方によってはひっかかるとは思いますが、何卒ご了承ください。
by milk_tea (2015-01-17 09:40) 

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