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『トイレの神様』 植村花菜 ~泣ける名曲を襲った悲劇?~ [邦楽]

               toilette3.jpg                 

気がついたら前の記事アップから早くも半年の月日が流れている。時の流れが加速度をつけて
早くなってきている気がする今日この頃。
忙しさにかまけてすっかりブログからも遠のいていたけど、たまには何か書こうかな。
思い立ったが吉日と言うし、今日はひとつ勢いで書いちゃおう。


           [かわいい]              [かわいい]              [かわいい]


年末のある日のこと、実家に行ったら 「トイレの神様」 というタイトルの白い単行本がリビングの
テーブルに置いてあった。聞くと、患者さん(母は病院勤務)にプレゼントされたという。

あぁ~知ってる、今ちょっと流行ってる植村ナントカの歌のタイトルだ。
きっとその歌にまつわるエッセイか何かだ、と思ってしばらくソファに座ってその本を読んでみた。
ななめ読みで半分近く読み進みそれなりに面白いと思いながらもその日はそれで終わりになった。

そして大晦日になり、例年よりちょっと低めのテンションでぼんやりと NHK紅白歌合戦 を見て
いたらまさにその植村花菜が出てきて、穏やかに情感的に例の 『トイレの神様』 をアコースティック
ギター片手に歌い始めた。

そういえばこの曲、今回の紅白の目玉らしい。
記者会見の席上で、「切るところが全く無い曲なので、9分間の歌を紅白でもカットせずに歌いたい」
と、初出演歌手らしからぬ毅然とした発言をして、しばし話題になっていたことも思い出した。

これについて和田アキ子が 「冗談じゃない。厳密にいったらどんな歌だって作詞家さんが思いを
込めて書いてるものなんだから切るところなんかない。あんな訴えを受けてNHKがホントにノーカット
で9分も歌わせるような考えなら、じゃあ逆に私の歌は普通より短くしてもらっていい。どうぞNHK
さん、そうしてちょうだい」 と、怒りゆえの変化球コメントをして物議をかもしていたのも知っていた。

なので、どれどれ・・・という感じで居ずまいを正して植村花菜のステージを見始めた。

toitellte NHK.jpg
(意外に見つけるのに苦労した、植村花菜が紅白で実際に歌っている時の模様)

ちゃんと聴いたのは全くの初めてだったので私には解らなかったが、本番ではやはりノーカットで
フルコーラス歌ったようである。
(あとで聞くにエンディングのインスト部分をカットして1分以上縮めたらしい。頭いいな、NHK)

何よりも、赤組司会・松下奈緒の曲前のもったいつけた曲紹介からして、
「これが今年の目玉!ここで視聴率いただきます!」というNHKの気合が見えるビリビリした空気感
をリアルに伝えており、彼女のステージも充分にそれに答え、誰が聴いても普段の1.5倍増しに
心に響いてくるのは間違いなさそうな、非常に素晴らしいものだった。

昨日や今日出てきたその辺のシンガーではないのが一目瞭然で分かる圧倒的な歌唱力と存在感。
音大の声楽科を出てそうな正統的な香りがする。
その上、この歌唱力にプラスしてこの美貌。司会の松下奈緒にもひけを取らない整ったルックスだ。

この曲を知らない人の為に簡単に解説すると、この植村花菜(28歳・大阪出身)が子供の頃から
とても可愛がってもらっていた今は亡き "おばあちゃん" が、「トイレには、きれいな女神様が
住んでいるのだから、トイレ掃除を熱心にやったら、将来べっぴんさんになれるものだ」 と言って
幼い植村を何度となく諭した、というエピソードを中心に、おばあちゃんとの思い出のあれこれを
ギター1本で弾き語りで歌ったもので、9分以上ある長い長い歌である。
聞くところによると、2010年の春頃に地方局のラジオから火がついて大ヒットに至ったらしい。

天下の紅白のステージという特別感もあるし、アコースティックギターの素朴な調べが新鮮に心に
響いたし、おばあちゃんと彼女の珠玉のエピソードはオンリーワンで大切なものに感じたし、それ
より何より、彼女のまろやかで美しい歌声に素直に感動してグッと胸が詰まる感じがした。
確かにした。

ただ、おばあちゃんが息を引き取った描写の直後に出てくるCメロの作り方にやや興ざめをした
こともあって(この辺は後述)、出かかった涙も意外にスッと引っ込んで、そのまま 「ふーーん・・・
なかなかいいね」 程度で、私の次の興味は台所で母親が作り始めた年越しそばに移ってしまった。

ところが、年が明けて1~2日経ってから何故かやたらとこの「トイレの神様」が私の脳内で連続
再生されていることに気が付いた。
おそるべし、ヒット曲の力。そういえば数年前は「千の風になって」が何かと口をついて出てきてた
もんな。あの時は母に頼まれてCDを買いに走ったっけ。


  ♪トイレにはぁ~それは~それはキレイな~  
   
   女神様が~居るんやで~・・・・・・・


と小さな声で歌ってみる。


あれ???
なんか今、違う曲にならなかった?気のせい???
気を取り直してもう1度・・・・


  ♪トイレにはぁ~それは~それはキレイな~  
  
   女神様が~居るんやで~・・・
  
   ・・・なんて便りもやってくる   

   いいもんだ~なぁ~ ふ~るさと~は~


おや???
おかしい!
いつのまにか違う曲になった!!!!


これ、あれじゃないか。


carl2.jpg

カールだ!
明治カールのCMソング!


  ♪ おらが~の~里に~も~春が来まして
 
    うつらうつら~の~ 野良仕事~

    ・・・なんて便りもやってく~る

    いいもんだぁ~なぁぁ~ ふぅ~るさとぉぉぉは~~



そうだ。あの歌い手は紛れもなく、三橋美智也。
(誰が歌ってるなんて考えたこともなかったが、脳内再生だけで三橋美智也と分かってしまう、
昭和をしっかりと生き過ぎてしまった私)

何と味わい深い・・・・
彼ほどの大御所の歌手が、たかがテレビのCMソングをこのように優しく温かく、かつ田舎者っぽく
歌い上げてしまう、その懐の深さよ。

で、それはいいけど、なぜ何度 「トイレの神様」 を歌ってみても最後はカールの主題歌で着地して
しまうのか。いまオリコンでもずっと1位をキープし、日本中が感動の涙にむせんでいる名曲
だというのに。私だって紅白を見て、うっかり泣きそうになったではないか。

なのに、いつこれを口ずさんでも結局三橋美智也のこぶしの効いた節回しに移行し、しかもご丁寧に
最後に 「♪それにつけても おやつはカールッ」 のくだりまで付けて歌ってしまっている自分に
ほとほと疲れ、「もういい、私の中でこの曲は終わった・・・」 という結論に至った。

バカバカしくて友達にも言えぬまま毎日一人ウツウツと(?)過ごしていたが、昨日ふと思い立ち
ネットでこれをググッてみた。 「 トイレの神様 カール CM 」

すると!!

私のように 「ねえ、なんでトイレの神様が途中からカールのCMになっちゃうの??」 と人知れず
悩んでいる(悩んでねーって) 人が少なからず居ることを発見した。

しかし不思議に、独り言のようにそれをネット上でつぶやいている人は多かれど、「そう!確かに!」
と同意の声があがって誰かと複数でこれについて盛り上がっているページは皆無だった。
皆、一人でその「泣ける歌で泣けなくなる」悲しい落とし穴に落ちて、一人静かにネット上で疑問を
投げかけて、でも誰からも反応はなく静かにその疑問を飲み込んでいるようである。

そうか。私だけじゃないんだ。

でもなんで・・・・?

私が悩める彼らを代表して、その原因を考えてみる。
まずは、やはりコード進行で考えてみよう。

  -------------------------------------------------  

       C    D        Bm7
  トイレには それは それはキレイな
  Em  Am7  D7   G
  女神 様が いるん やで

  -------------------------------------------------

  C      C   G      G 
  おらがの 里にも 春が来まして 
      D7    D7   G
  うつらうつらの 野良仕事

  -------------------------------------------------


これ、正確にコードを書いてみると上記2つは、最後の2つのコードが合致している以外は一見
全然違うようにも見えるのだけど、試しにピアノで 「トイレの神様」 のほうのコードを弾きながら
カールのほうのメロディを歌ってみると、なぜかキレイにハマる。

単なる民謡風味だった無骨なメロディが、繊細なコード進行に乗って急にメロディアスな別の曲
のように聴こえてくる。

そうなのだ、トイレの神様のサビは、実はカールのサビの「お化粧バージョン」だったのだ。
しかも、同じ三拍子。そしてテンポもほぼ同じ。それだけだって身体が受け止めるグルーヴ感は
2曲かなり近いものであるところに、メロディの骨格が酷似していのだ。

なので、これだけ同じともなると、どんなにお化粧が上手くても
「あれ?今の娘ずいぶん綺麗だったけど、隣町のミヨちゃんだべさ?」と村の人にはすぐ判って
しまう、という感じじゃないかと思う。

(念のため言っておくが、盗作だとか言っているわけではない。これが盗作に当たるなら
世の中のほとんどの曲は何かの盗作ということになってしまう)


そういうわけで、私の中でこの曲は 『カールの神様』 と名前を変えて存在することになったが、
ぶっちゃけ、どうなのだろうこの曲。

you tube で見られるこの曲のPVについている莫大な数のコメントを見ると、


 -とにかく泣けた。こんなに泣いたのは生まれて初めて

 -紅白で見て、家族で号泣しました

 -私のおばあちゃんも先日亡くなりました。私も孝行が足りなかったと後悔しています

 -こんなに素直な気持を素直に表している曲はないです

 -おばあちゃんが亡くなって後悔するところで声を上げて泣きました


うん、まあ気持は判る。
みんなピュアだな。実は心のきれいな、素直でいい人であふれてるんだろうな、世の中は。

判るんだけど、どーぉなんですか皆さん。

おばあちゃんが亡くなったあとのくだりで
「ちゃんと育ててくれたのに 恩返しもしてないのに いい孫じゃなかったのに・・・」
と、泣きのCメロが挿入されたり
最後の最後に「おばあちゃん ありがとう ホンマにありがとう」 と連呼したり

何だろう、肉親の愛情ってもっと目に見えなくて、言葉にもならなくて、というか、言葉を特に
必要としないような無形のものであって、ちゃんと育てたとか育てないとか 恩返しをするとか
しないとか いい孫だったとかなかったとか、ありがたいとかありがたくないとか そういう事を
声高に言い募るような位置にないものなんじゃないか、と思うのですね。

過去のブログでも書いているような話だけど、「恩返ししてないのにー!」と叫んでいる人よりも
ただ黙って故人の好きだったレコードを灯篭に入れて流している人(「精霊ながし」より)のほうが
やっぱり喪失感はより深いと感じられるし、その物言わぬ行間にこそ大きな何かが隠れていると
思わせるものだ。全部言葉にしないと判らない、というのはあまりに哀しい。

良い意味でも悪い意味でも、子供の書いた作文のような歌詞の曲だと思う。「トイレの神様」。
でも、今はこれが受け入れられるのかもしれない。

「おばあちゃーん!だめな孫でゴメンね。何もしてあげられなくてゴメンね。ワーン!
でもありがとう!私も頑張るからおばあちゃんも成仏してね!」と判りやすく。主人公の「私」
がどう思っているかを説明してあげないと、万人には判ってもらえないのだ、きっと。

それにしても、こんなふうに自分の肉親との触れ合いからその死までの超個人的体験を、自分
の反省の情込みでクドいほどに曲の中で語りつくしてしまうというのは、ある意味アーティストに
とっては 「禁断の果実」 に手を出してしまったに他ならず、こんな曲で脚光を浴びてしまったが
最後、そのあとはどうするつもりなんだろう、と要らぬ心配もしてしまったりする。

鴨南蛮を一緒に食べたおばあちゃん・・・なんて歌の次に甘いラブソングなんか歌ってもどうにも
違和感があるだろうし、他の家族のことを再び素材にしてもあまりに空々しい。
柳の下に2人おばあちゃんは居ないですからねえ。
それに何しろ「トイレ」なんていうJ-POPのタイトルには決して使われるはずのないキャッチィ
(?)な単語を使ったタイトル。これが 「風呂場の神様」 とか 「納戸の神様」 とかだったら
こんなに売れていたわけもなく。この "禁断の果実ワンツーフィニッシュ" は危険度が高すぎる。

そういう意味合いでは、この曲はあの懐かしい 『およげ!たいやきくん』 に重なるものがある
かもしれない。"泳ぐワケがないたいやき" という意外性で引くタイトル、そして、たいやきくんの
生い立ちとその死(?)までの細かくリアルな描写、という展開・・・。
(個人的には、釣り人に喰われてしまうという哀しい最期をいともアッサリと語って全く湿度を
帯びなかったたいやきくんの方が、歌詞偏差値としては優れていると感じたりもする。もっとも、
おばあちゃんと、たいやきの一生を同列で比べるのもどうかって話だが。)

それと重ねて考えてしまうと、たいやきくん以降2度と見ることのなかった子門真人のような運命
を辿らないようにと願うばかりだが、植村花菜くらいポテンシャルの高いアーティストなら何とか
そのままメジャーでやっていけるかもしれない。
今後の彼女の頑張りに期待かなあ~。(どんだけ上から目線?)

そういえばふと思い出したが、数年前、たまたま入ったコンビニで、若い男の子たちのグループが
歌っているラップ調の曲が店内に流れていたのだが、

 ♪ おふくろ 悪くなってゴメン でも本当はおふくろのこと大好きだったんだ
   あなたの愛情が欲しくて欲しくて それで反抗ばかりしてたんだ ゴメンおふくろ

みたいな歌詞で、本当にその場で倒れこんで吐きたくなったほど気持ち悪かったことを
思い出した。
悪ぶってるやつらがそんな簡単にいい人になるのはズルだ。ラップやるなら不良をどこまでも
貫き通せと。親への愛なんか安っぽく語って欲しくないし、そこは容易に触らないで欲しい。
感覚的には今回の曲はかなりこれに近い感じなのかな。

でも最近の人たちは、こういうので皆んな感動するんだろうか?
「俺もだ!俺もおふくろ好き!気持全く一緒だよぉ~!」って共感して泣くのかな。

私は、そんなだったら 「カールの神様」 のほうがオチがついてよっぽど好きですね。

私が素直じゃないの?


              carl3.jpg
  
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ベアトラック

>私が素直じゃないの?
はい、そうかもしれませんw
でも、私も同感ですよ。
by ベアトラック (2011-01-28 06:55) 

MASA

>私が素直じゃないの?
そのとおりです(笑)。
でもそこがmilkさんらしい感性がスルドイところで^^。

まあ結局分かりやす〜い歌詞がウケた要因でしょうが、ここまで具体的じゃなきゃ共感出来ないってのも情けないですねえ。
ただ実はワタシも最初は感動したクチでした(笑)。
でもカールは全然思い浮かばなかったなあ。

女さだまさし、と陰口を叩く人もいるようですが、この曲に関してはまあそう言われるのも仕方ないような気がしますな。
by MASA (2011-01-28 09:36) 

V.J.

milkの姐さん
年末のご挨拶も、年始のご挨拶も、盆暮れのご挨拶も、何もせなんだ、アホなわたくしめをお許し下さいませ。
ご無沙汰しております。
V.J.と申します。

まぁ、世の中の音階の組み合わせに、最早「オリジナル」と呼べるものは何一つ無いと思っていますので、地下水脈で全て繋がっているでしょう。きっと、ビーの曲にも同じよーなのあるよ。絶対ww

詩だって、昔から便所を掃除すると金が溜まる様な、格言みたいなものありましたよね♪

それに、ばぁちゃんの思い出(ここは、「おもひで」ですかね♪)ポロポロかけりゃ、それなりの感動的なものになるのでしょうね。

加えて、この歌は、大した事歌ってないけど、関西弁で、語りかける様な感じで、ツイツイ乗せられてしまうような気がします。

関西人でもないのに、関西弁の歌詞って、なんか、パーソナル感を出すのが上手いもん。関西弁と言う、土着的な文化を背景にまぶせるだけで、パーソナルな擬似記憶を呼び起こすマジックを持っている気がします。

上田正樹の「悲しい色やね。」なんて、ブルーズのコード進行でも何でも無い歌謡曲なのに、「大阪ベイブルーズ」だよなー。。。って思うし、関西人の女の子と付き合った事すら無いのに、付き合った様な気がしちゃうもん♪
僕、関西人嫌いなくせに、今でも、カラオケで歌うし♪♪

ちなみに、僕の祖母は、習字の先生をしていて、孫全てが祖母から手習いを受けていましたが、祖母の今際の際に、僕の手を取って、「お前だけはモノにならなかったね・・・」と言い残し、天に召されました。

故人との思い出は、極めてパーソナルなものなのです。
「それはそれは、キレイなおもひでなんやで」(笑)

擬似的な感動はその瞬間は、なんとなく感動した気になっていますが、疑似体験は、やはり擬似でしかない。そんな気がしています。
by V.J. (2011-01-28 13:44) 

路傍の石

半年ぶりのエントリ、楽しませていただきました。それにしても半年に1度でコメントが集まるというのは稀有なブログとしか言いようがありませんね。これは皮肉でも何でもなくて、やっぱりmilkさんの文章がそれだけ魅力があって面白いからです。今回も十分楽しませていただきました。

さて、「トイレの神様」ですが、本のほうは実は仕事でそのプロモーションに関わりました。一応関係者です(笑)。でも拙は営業としてお金を請求しただけでディレクションにはノータッチでしたので、曲も聴いていないし本も読んでません。プロとしてそんなことじゃいけないんですが、昨年は夏以降ずっと忙殺されていたので仕方なかったのです(←言いわけです)。

ということで、今、初めて聴きました。単純で解りやすいメロのいい曲だな。何度も繰り返し聴きたくなる。そして聴いたあとは思わず口ずさんでしまうというスタンダードになり得るポイントを見事に突いてます、あざといくらいに。これが第一印象。

次に感じたのは、その歌詞があまりに説明的でくどい!しつこい!ということです。そもそも歌詞のなかで”ありがとう”を連呼するというのは、曖昧な情景描写から地味にニュアンスを味わうよりも短絡的にお涙頂戴的な感動を求めようとする、歌い手と聴き手双方のリテラシー欠如の裏返しではないかと、やっぱり現代人の知力はどんどん落ちていっているなと、そう思った次第です。

”ありがとう”を連呼するくらいだったら、水前寺清子の「ありがとうの歌」くらいにさらっ粋に流して唄ってほしい(笑)。これは蛇足ですが。

言い方は悪いですけど、こんなもん、かの阿久悠先生だったらいらないところをバッサバッサと切り捨てて、3分くらいのもっと詩的に凝縮された完成度の高い歌に仕上げたことでしょう。

今のJ-POP全般に言えることなんですが、等身大と言うと聞こえがいいように思われてますけど、結局のところ等身大ってのは、個人の内面から外の世界に飛び出していけないそんな臆病さばかりが際立てしまって、それじゃ本来のアーティストとして失格じゃないのかと。でもそんなナイーブさのなかでお互いの傷を舐め合うのが当世風の歌の楽しみ方なのでしょう。あー、気持ち悪ぃ。。。

何も言うことがなくなっちゃいました。拙としては、「トイレの神様」よりも「ありがとうの歌」のほうが100倍くらい感動的です。そこには主人公の感謝の気持ちを極めて抽象的かつ短い言葉で唄われているので、聴き手なりの想像力(妄想力とも言う)でその世界を無限に膨らませていけるからです。でもそれが必要とされなくなった現代の唄に発展の道筋は果たしてあるのかどうか。そんなことを憂うのは拙くらいかもしれませんね。

阿久悠は草葉の陰から「トイレの神様」を聴いてどう感じたでしょうね。誰かコメントを取ってきてくれないかな(笑)。
by 路傍の石 (2011-01-29 11:48) 

路傍の石

追伸

貶すようなことを書きましたが、「トイレの神様」という歌のタイトルと祖母と孫の物語は秀逸だと思いました。ベタな私小説風語り口を排除して普遍的なストーリーとして唄われた方がよかったのではないかと。”ありがとう”は不要です。その言葉は聴き手に想像させるだけで十分なのに。milkさんが言うように、全部言葉にしてしまわないと伝わらない世の中になってしまったのかもしれませんねぇ。
by 路傍の石 (2011-01-29 13:15) 

milk_tea

週末からパソコンの調子が悪くてネットワークが全くつながりませんでした。
(厳密にいえばいまだに繋がらず、今別のルートにてやっと書いてます)
のちほどコメントを書きます~! 申し訳ありませんっ

by milk_tea (2011-01-30 19:45) 

milk_tea

ベアトラックさんご無沙汰です。半年振りの記事UPに早速nice!とコメントを
ありがとうございます。

>>私が素直じゃないの?
>はい、そうかもしれませんw

どぉ~せヒネくれてますよぉぉ~(笑)
いや!でもどう考えても「素直じゃない」=「本当は同じように"ありがとう"が
言いたいの!」のではありません。断じて最期の最期まで、父や母に
「今まで育ててくれてアリガトウね。ウッゥッ」なんて言うシーンは来ないと思い
ますっ。そんなこと言わなくたって判ってくれてると思ってますし~。
でも折りに触れてきちんと気持ちを形にするということは、肉親との関係のみ
ならず、どんな関係であっても大切なことではありますね。

by milk_tea (2011-01-30 20:44) 

milk_tea

>>私が素直じゃないの?
>そのとおりです(笑)。

畳みかけんな!!凸(-_-;)(笑)
いやいや、MASAさんいつも本当にありがとうございます。nice!まで付けて
いただき感謝です。

>ここまで具体的じゃなきゃ共感出来ないってのも情けないですねえ。

そぉなんですよ。一緒に鴨南蛮食べたぁ~だの、新喜劇を録り忘れて責めた~
みたいな具体的な話はまあ、微笑ましくて良いとは思うのですが、とにかく
「ちゃんと育ててくれたのに~」とか「恩返ししてないのに~」とかは、日本人が
本来もつ侘び寂び感覚からも逸脱していると思うんですよね・・・。

>ただ実はワタシも最初は感動したクチでした(笑)。

でしょう。私も紅白で初めて見て、ソッコーで涙腺に来ました。
あれって私の場合たぶん、おばあちゃんがどうこう言うよりも、彼女の歌唱力と
メロディの懐かしい感じと、全体的な「それらしい雰囲気」に飲まれただけのように思われ・・・。

>でもカールは全然思い浮かばなかったなあ。

ネット上では、「歌ってるとカールになっちゃう」証言がそこらじゅうに見つかり
ます。どういう特性を持った人がそう感じるのか、興味深いですね。

>女さだまさし、と陰口を叩く人もいるようですが、この曲に関してはまあそう言われるのも仕方ないような気がしますな。

確かに、路線は完全にさだまさしですね~。
でもさだまさしが聞いたら「こんな稚拙な歌詞と一緒にしてくれんな」って言う
でしょうけどね・・・。ということで、今年も宜しくお願いしまぁす♪

by milk_tea (2011-01-30 21:15) 

milk_tea

V.J.さん!!
大変ご無沙汰ですぅぅ~!コメントいただいてビックリしました。嬉しいです。
お元気にしてるんですね。私はまぁ~まぁ~かな・・・

>地下水脈で全て繋がっているでしょう。きっと、ビーの曲にも同じよーなのあるよ。絶対ww

そうなんでしょうね。どんな曲も、何かの種類分けには属するだろうし、もう全く
新しいメロディなんてものは作りようもないのかも。地球上に誰も行ったことの
ない土地がもうほとんどないであろうということと同じように・・・。
ビートルズね。確かにポールがこのメロディを歌っているところを想像したら容易に
想像出来た!・・・というか、すでにテイストの近い曲がある!Wingsのだけど
「Mull of Kintyre」って曲がすっごくトイレの神様に近い! (゚ロ゚)!
さすがだ、V.J.!(笑)

>詩だって、昔から便所を掃除すると金が溜まる様な、格言みたいなものありましたよね♪

あるある。私も母親にそんなこと言われたことあります。神様は出てこなかった
けど、「トイレ掃除をやると美人になる」っていうのを。

結局すごいのは、おばあちゃんのそんなエピソードを曲作りの段階で思い出し
て、きちんと曲に仕上げたことそのものですね。
というか、実際はプロデュースの寺岡呼人から「こうなったら自叙伝ふうアルバム
にしましょう。何かない?これっていう思い出・・・」みたいに強く持ちかけられて
出来た曲だって本に書いてありました。

>関西弁と言う、土着的な文化を背景にまぶせるだけで、パーソナルな擬似記憶を呼び起こすマジックを持っている気がします。

それはホント、ありますね。
かといってこれが、博多弁とか秋田弁とかだと土着的すぎて?共感も持てなく
なってしまうけど、関西弁っていうのは関東人の私たちも半分受け入れている
言語世界なので、「田舎っぽくて懐かしい感じ」という共通性が持てるんでしょ
うね~~。
ところで、関西人って祖母のこと実際「おばあちゃん」って呼ぶのかしら?
なんか「ばぁちゃん」じゃないのかな、本当は??なんて思ったり。
歌にするために、そこだけは小奇麗に「お」をつけたんだとしたら、結局現実を
晒してるようで晒し切ってない感じがしてちょっとね~。

>僕、関西人嫌いなくせに、今でも、カラオケで歌うし♪♪

大きな声じゃ言いにくいけど、私も相当苦手です。
今、同じ部署に大阪出身の女の子が居るのですが、毎日ドン引くことばかり
です。若いのに、もう商店街を練り歩く60前後のオバチャンの風情で・・・。
まあ、それはその子の独自の個性でもあるのでしょうが。

>「お前だけはモノにならなかったね・・・」と言い残し、天に召されました。

それは良い話ですね。なんだろう、そっちのほうが私は泣けます。(泣くな!)
すっごく良いおばあちゃんだなあ。え、このリアクションだめですか?(笑)

V.J.さんこれからも細く長く(?)ヨロシクお願いしますね(笑)

by milk_tea (2011-01-30 22:19) 

milk_tea

路傍さん!!久しぶりです!!心から嬉しいです。

>これは皮肉でも何でもなくて、やっぱりmilkさんの文章がそれだけ魅力があって面白いからです。今回も十分楽しませていただきました。

過分なるお誉めの言葉、恐縮です。結局内容も、詰まるところは単なるワン
パターンなのは皆さんもよく分かりながら、長いこと付き合っていただきまして・・・。

今回の路傍さんのコメントですが本当に全て仰る通りだなぁ、と素直に感心しま
したです。・・・というか、前から言ってるけど本文より質の良い文章をこんなところ
に書いたらあきまへん!(笑)

>さて、「トイレの神様」ですが、本のほうは実は仕事でそのプロモーションに関わりました。

なぬーー!!そうなんだ。発言も気をつけないとですねえ。

>単純で解りやすいメロのいい曲だな。何度も繰り返し聴きたくなる。

でしょう!それはホントほとんどの人がそうでしょうね。
繰り返しますが私も泣きそうになりましたから~

>次に感じたのは、その歌詞があまりに説明的でくどい!しつこい!ということです。

そうです。くどいんです!
前半はま~だ許せるんですけど、「どうしてだろう、人は人を傷つけて 大切な
ものを なくしてく」 あたりから、背中が痒くなってきます。
そんな反省は、テレビの電波通して言ってないで、黙って墓場まで持っていけ
と言いたくなる・・・。

>そもそも歌詞のなかで”ありがとう”を連呼するというのは、曖昧な情景描写から地味にニュアンスを味わうよりも短絡的にお涙頂戴的な感動を求めようとする、歌い手と聴き手双方のリテラシー欠如の裏返しではないかと

あぁ~路傍さん、素晴らしい。(だから私よりはるかに優れた文章を書くなって
いうのに、もう!(笑))
そうです、情景描写からジミにニュアンスを味わう、それでいいんです、感動は。
歌い手と聞き手双方のリテラシー欠如、そのとおり!!!
(リテラシーって何だっけ?カッチョイイ言葉だ・・・φ(.. )メモメモ(笑))

今日たまたま午後本屋に立ち寄ったら、なんか今売れているらしいお坊さんが
生き方指南をするような本が目立つところに置かれていてパラパラ見てみたら
「最近は "ありがとう" を妙に連発することを良しとする変な傾向がある。しかし
これは間違っている。ありがとうはもっとよく考えて、とっときの場合にしか使う
べきではない」みたいなことが述べられていて、オォー!!って思いました。
これは大いに共感しました。私、最近の変にありがとうを連発するコドモとかも
好きじゃなくて。私が感じていたこういう違和感の正当性が色々書かれて
ました。(その本、買いそうになったけど、けっこう高いのでやめた(笑))

>”ありがとう”を連呼するくらいだったら、水前寺清子の「ありがとうの歌」くらいにさらっ粋に流して唄ってほしい(笑)。

わかります。大いに同感です。
そこまで記号的に連発されれば爽やかで気持が良い。あれはメロディーも
乾いてますしね。各論ではない、人生という大きな括りの中での「ありがとう」
を逆に感じることが出来ます。不思議なものですねえー

>かの阿久悠先生だったら

ぜーったい、朝日新聞のコラムあたりで「あの歌には奥行きがない」とかいって
チクリとやってると思いますね。

>結局のところ等身大ってのは、個人の内面から外の世界に飛び出していけないそんな臆病さばかりが際立てしまって、それじゃ本来のアーティストとして失格じゃないのかと。でもそんなナイーブさのなかで・・・

この辺も全ておっしゃる通りですね。気持がいいなあ。
私の記事のゴーストライターやってくれないか・・・(笑)

>でもそれが必要とされなくなった現代の唄に発展の道筋は果たしてあるのかどうか。そんなことを憂うのは拙くらいかもしれませんね。

いやいや、私もまさに同じ考えです。
今後も、ともに現代人の心の質の低下を憂いていきましょうぞ(笑)
またいつでも長コメをお待ちしております。上手すぎない程度に・・・^^;
by milk_tea (2011-01-30 23:02) 

white berry

ご無沙汰しています。
開いたら久しぶりに記事が更新されていて、嬉しくて読む前に一度コーヒーを入れに行っちゃいました。(注…会社で(笑))

私この曲好きですよ。
やはり何か優しい気持ちになれるのがいいですね。
でもmilk_tea様の文章を読んでいたら、ああ確かにそうだ…確かに私も一抹の抵抗感があったかもしれない…と思いました。自主性がないようですが、milk_tea様の説得力ある評論ゆえとも思います。

少しちがいますけど昔、山口百恵の秋桜(コスモス)ってハヤリましたが、あれに出てくる母と娘はいかがですか。
美しい歌ですが、あとのほうに出てくる「縁側でアルバムを開いては私の思い出を何度も何度も小さな声で繰り返す……」といったくだりがあって私はそこに来るといつも少し気持ちが悪かったのです。
お涙頂戴的だし、だいたいその雰囲気ってお母さんよりおばあさんの仕草だよな~って。
いま思うと、30年前で、嫁に行く娘の母親なんて今の私達くらいの年齢でしょ?(一緒にしてごめんなさい、私のほうが上ですハイ!)縁側で背を丸めてアルバムに語りかけないですよ!ねえ!?
その気持ち悪さと少しだけ似ているかしらと。まったく違ったらごめんなさい(笑)。
長々書いてしまいました。でも他の皆さんもそうでしょうが、何だかコメントをたくさん書いてしまいたくなる、一緒に色々考えることが出来る稀有なブログですよね。貴重です。
by white berry (2011-01-31 13:05) 

milk_tea

いらっしゃい!white berryさん。(コメント返し遅くなりました。ごめんなさい)

>やはり何か優しい気持ちになれるのがいいですね。

私も、キライじゃないんです(笑) いや本当に。優しい気持、なれますとも。

>でもmilk_tea様の文章を読んでいたら、ああ確かにそうだ…確かに私も一抹の抵抗感があったかもしれない…と思いました。

きっと同じ感覚だと思いますよ。前半半分はじんわりと感動するんですけど
おばあちゃんが入院して亡くなるあたりから、気が付くと気持がついていけなく
なってしまうのです。押し引きのバランスが崩れてくる感じですね・・・後半は
押しっぱなしになるというのかなあ。まあ私の感覚に過ぎませんが。

>昔、山口百恵の秋桜(コスモス)ってハヤリましたが、あれに出てくる母と娘はいかがですか。

キましたね、berryさん。^^ 私が打ちやすい球を放って下さるberryさんが好き。
はい、私もキライ、キライ!秋桜。売れてる当初から私も違和感感じてました。
何だろうな、縁側での母娘のやりとりも湿っぽいけど、この曲は歌い出しから
「薄紅の秋桜が秋の日の・・・何気ないひだまりに揺れている・・・」
"薄紅" とか "ひだまり" とか、頭の言葉選びから、もうあざといんですよね。
最初から聴き手を泣かせようという意志が見え見えというのかな。メロディから
歌詞から全力で儚い(はかない)。すごくイヤミですね。
だったら、同期の森昌子の歌う
「♪痩せたみたいねお母さん ふざけておぶって感じたの」
っていうあの曲みたいに、とことん泥臭いほうがよっぽど許せます。

>いま思うと、30年前で、嫁に行く娘の母親なんて今の私達くらいの年齢でしょ?

ゲッ!!!本当だ!!!
確かに、30年前は、まだ「24歳までは嫁に行けるが25歳になるともう嫁のクチがない」とかいって、女の適齢期をクリスマスケーキに例えたりしていた時代より、まだ少し前。22-23くらいで第一子を生むのがごく普通っていう頃。
そうだーー、この、縁側で丸くなってお茶をすすりながらアルバム見て同じこと
ばかりつぶやいたり、庭先でひとつ咳をしたりしてるこのお母さん、確かに
同世代だわ。ちょっとカンベンですね!!(笑)
この歌詞、さだまさしでしょ?あの人もちょっとねえ。関白宣言は、ぎりぎり良い
んですけど。あの人もグレープ時代までかなー。
色々インスパイアされる投げかけ、ありがとうございました!^^
またよろしくお願いします♪
by milk_tea (2011-02-04 01:13) 

norimaki

milkさん、お久しぶりです。お元気でしたか?
私はこのところしばらくは仕事ばかりに追われる毎日です。
このブログは更新が無いなら無いないで、「milkさん、仕事で忙しいんだろうな~。私も負けずに頑張らんといかんなぁ~。」と励みになる不思議で貴重なブログです。
”トイレの神様”から”カールおじさんの歌”ですか。さすがですmilkさん! 好きです!
う~~ん、確かに三橋美智也に間違いないでしょう。

”トイレの神様”についての印象を私も言わせてもらうなら、初めて聴いたときにはやっぱりちょっと感動しました。
でもそれがだんだん売れてきてラジオからちょいちょい流れてくるようになり、あるとき車中で信号待ちをしているときに隣のワンボックス車から音量大きくこの曲が聞こえたときに、なんだか嫌な感じがしたんですよね。
「そんなに、紅白で目玉になるほどでもないように思うし、これでもかの感じ。どうだ泣けるでしょ?っていうどこかの売り手の顔が浮かぶ。」

私も、そうとう素直じゃないです!
それと、関西人の感覚っていうのでしょうか。東京者には素直に受け容れ難い独特のオシャレ感覚のような違和感も少々感じます。
あっ、関西出身の方も、見ていらしたらすみません、まったく悪意はありあませんのでご容赦ください。

なんだか毒をはいてしまった気がしますが、単純にmilkさんに久しぶりにごあいさつしたかったということです。半年ぶりの更新たいへん楽しく読ませていただきました。
次回も首を長ーーくしてお待ちしています。
それから東京者と言いましたが、じつは隣の近県者です。

ひさしぶりなのでもうひとつ、最近懐かしい海外のアーチストがぞくぞく来日公演をしてますね。今月末にはホール&オーツの公演に行きますが、このあたり同世代のmilkさんはいかがでしょうか?
先日NHKで放送されたイーグルスの特集を偶然見たら、ファンだった記憶はありませんが全曲知っていたのは驚きでした。


by norimaki (2011-02-06 22:07) 

milk_tea

norimakiさん、お返事を書くのが遅くなってしまいました。すみません。
しばらくぶりですね!!今も元気に京浜東北線、乗ってらっしゃいますか?^^
私もここ最近すっごい忙しいです。まあ、でも自分にそれなりの仕事が与えられる
ってことだけでもありがたいですわ。会社の業績がしこたま悪いので、仕事が
忙しいと「良かった、まだ私大丈夫そうだ・・」って思ってしまう昨今の私です。

>隣のワンボックス車から音量大きくこの曲が聞こえたときに、なんだか嫌な感じがしたんですよね。

そう、なんかそんな感じでジワッと「な~んかちょっとな」という感情が湧いて
くるんですよね、この歌!

>私も、そうとう素直じゃないです!

いやいや、そうじゃないと思うんですけどね・・・。我々が感覚がまともなんです、
たぶん!感動って、もっと奥深い、見えにくい場所にあるものだと思う・・・。

>半年ぶりの更新たいへん楽しく読ませていただきました。

そのように言って下さる方あってのワタクシでございます。
5年も6年もかかって、ようやく95本書きました・・・。亀の歩みのように・・・。
しょこたんブログだったら、95本なんて1週間くらいで到達できる数字でしょうけど。
100本を目指して頑張ります。どうぞ、今後ともたまに思い出して見にいらして
下さい。それにしても、お顔を存じ上げてたらどこかJR沿線でお茶でもできそう
な感じですよね(笑)

>それから東京者と言いましたが、じつは隣の近県者です。

神奈川か埼玉か・・・。
うちの会社は埼玉や千葉の人、けっこう多いんですよ。

>今月末にはホール&オーツの公演に行きますが、このあたり同世代のmilkさんはいかがでしょうか?

行くんですか!?いいなー!昨日だか一昨日だか、NHKでホール&オーツ
やってましたね。見落としちゃったけど。
11月に私自身が出演した単独ライブで、Private Eyes やりました。
超シンプルで一見つまらなそうでいて、演奏していると妙に気持ちが良い不思議
に奥行きのある曲なんですよね。

>先日NHKで放送されたイーグルスの特集を偶然見たら、ファンだった記憶はありませんが全曲知っていたのは驚きでした。

さすが私世代だ!(笑)私もけっこう知ってますけど、それでもやっぱりホテル
カリフォルニアのイントロが始まると一番胸がキュイーン!としますね。やはり
ダントツ。キュイーン度数で言うと、10ccの I'm not in Love のイントロと同じ
くらいかな。どちらもキュイーン!じわーん!と来ますね。
やっぱり名曲は、永遠に名曲だな。
norimakiさん、またヨロシクお願いしますね!
by milk_tea (2011-02-10 23:22) 

あるべりっひ

milk さん ご無沙汰です。

この曲、昨年10月頃に会社帰りのラジオで聞き・・・感激したわけではないけれどCDを買ってしまいました。
素直か素直じゃないかは、棚に上げておいて・・・私にはなぜか『フワ』とした感じに好感をもちましたし、おばあちゃん子の私には少し感慨深いものがあったのも事実です。
ただ歌詞の内容は二の次、また『カールおじさん』にも行き着かなかった私は・・・発展性がない??

中学2年に亡くした祖母には何の恩返しも出来てませんし、共働きの両親に変わり私達兄弟を一生懸命に面倒を見てくれていたことと思いますが・・・その感覚は当時大変薄いものでした。(今は、とても重く受け止めています。)
その祖母との別れは、突然に訪れました。正月も明けたある日の夕食後、いつもは食事など残さない祖母は『今日は食べえられないから明日の朝食にする』と自身でラップし、部屋に戻った後・・・心不全で帰らぬ人となりました。
この曲を聴くと何故かその日のことを何故か思い出すのです・・・不思議です。あの時はただ驚いただけ・・・今もそうですが祖母を思い出しても何故か涙は出ないですね。
そうして・・・もう一人の祖母は私の記憶ではズーット病院で:::最期は自宅で曾孫に囲まれて旅立つことが出来ました。こちらは、思い出すと涙腺が緩みっぱなしになってしまいます・・・が何故かこの曲で思いを振り返ることはありません。

・・・とりとめもなく祖母の話になってしまいました、すみません。


次回・・・『作』、楽しみにしてます。
by あるべりっひ (2011-02-12 21:13) 

milk_tea

あるべりっひさん、しばらくぶりです。いつもありがとうございます!
あるべりっひさんも、ブログ更新頻度が私レベルになっていますね(笑)

>感激したわけではないけれどCDを買ってしまいました。

理解できますよ。この曲は9割感動的だと思います。
というか、植村花菜くらい声が美しくて歌が上手かったら、どんな歌を歌っても心地
良く聴けることでしょう。(私はトイレの神様以外一切聴いたことナシですが)
そういう土台があって、ああいうテーマの歌ですもんね。

>私にはなぜか『フワ』とした感じに好感をもちましたし

これも分かります。彼女の声質もそうですが、Aメロのボサノバっぽい雰囲気が
浮遊感を感じさせますよね。

>中学2年に亡くした祖母には何の恩返しも出来てませんし、

あとになって思いましたが、直接の両親だと「恩返し」というような感情は
湧かなくても、祖父母というと少し関係に距離感があって、「恩返し」という言葉が
あてはまる感情に至るのかもしれませんね。
思えば私は、母方の祖母は若くして亡くなっているので会ったことがないですし
父方の祖母も遠い田舎にいて1年に1度しか会わないような関係でした。
なので、「おばあちゃん」というものがそれほど身近ではなかったので、シンパシー
を覚えにくいのかもしれません。
あるべりっひさんのように、親代わりのようになって面倒を見てもらったりすると
特別な想いが残るのでしょうね。植村花菜も同じなんでしょう。

>『今日は食べられないから明日の朝食にする』と自身でラップし、部屋に戻った後・・・心不全で帰らぬ人となりました。

何ともリアルなエピソードですね。家族とのそういうあっけない別れって、どんな
感じなんですかね。想像もつかないです。
そういう話を聞くと、もう少し親を大事にしないとなーって思います。
また宜しくお願いします。あるべりっひさんも新記事、書いて下さい(笑)

by milk_tea (2011-02-15 22:19) 

w.berry

milkさま!昨日SMAP×SMAPに植村花菜さんが出てましたよ。ビストロコーナーに。
おばあちゃんとの想い出を丁寧に語ってました。
トイレを掃除したらべっぴんになると言われて掃除を始めた、といったあとに彼女の二十歳の頃の写真が出てきたら、草薙くんが真顔で「あ~。この時はまだ…(トイレ掃除はしてなかったみたいですね)」と発言し爆笑でした。花菜さんも「それ失礼ですよね!」ってツッコんだり(笑)

途中に曲が流れて、私は見たことがなかったおばあちゃんがアニメで出てくるバージョンがあって、それがすごく良かったです。実写のPVよりいいと思いました。
ただやはり曲後半の激情噴出(?)のくだりは何故か穏やかな前半より明らかに感動が薄い…。
これはまさしくmilkさま説のとおりだと納得でした。
by w.berry (2011-02-22 11:53) 

milk_tea

white berryさん、再訪ありがとうございます^^
それ!私も見てましたよ、たまたま!SMAPは興味ないので普段は全く見ない
番組でしたが、たまたまチャンネルを変えていたら植村花菜がまさに登場した
ところでした。

>彼女の二十歳の頃の写真が出てきたら、草薙くんが真顔で「あ~。この時はまだ…(トイレ掃除はしてなかったみたいですね)」と発言し爆笑でした。

そうそう。かなり可笑しかったですよね。

>おばあちゃんがアニメで出てくるバージョンがあって、それがすごく良かったです。

あ。私もあれは見たことがなかったです。実写のよりジンワリ来ますね。
というか、改めて見てやっぱり少し涙が出そうになりました(笑)
サビに来るとやはり涙が引っ込むんですけどね。私の場合、Aメロ限定の涙みたい
です・・。^^;

ただ、彼女が話していたおばあちゃんとのエピソードを聞いていて判った事が
ありました。彼女はおばあちゃんの死に際し、あとにも先にもなかったほどに
激しく号泣し続けたそうで、その彼女の精神の在りようを曲にしたら、あの部分は
あのように激しい表現になるしかなかったのかなと。
あの曲は彼女にとって私小説に等しく、そこに嘘を入れ込む(穏やかに表現する)
意味はなかったのでしょう。
第三者から見れば全編淡々と歌われる方が逆に哀しみは迫るかもしれなくても
別にそういう目的で作った曲ではないんだろうなと感じました。

あと、改めてテレビであの曲を聴いて思ったのが、歌い出しの歌詞の
「小3の頃から・・・」がシビれるなあと。
決して「子供の頃から」とかじゃないんですよね。
「♪小っちゃな頃から悪ガキで・・・」(byチェッカーズ)とかだと、別にフミヤ本人
の話かどうかは分からないわけですが、「小3の頃からおばあちゃんと暮らして
いた」と言われたら、そりゃ間違いなく植村花菜個人の話だろうなと思わせる。
Aメロ最初のヴォサノバっぽいコード展開と、そこに乗せた「小3の頃から」。
ああ、これなんだなと。

・・・とは言え、やっぱり何か抵抗を感じる曲です。(頑固!(笑))

なぜかコメント欄で語りまくってしまった(笑)すみません~。
タイムリーな話を振って下さりありがとうございました♪
by milk_tea (2011-02-24 22:11) 

parlophone

milkちゃん、こんばんはー。
ご無沙汰しております。
最近すこ~しずつ復活の気配をじぶんでも感じてるんですが、milkちゃんはいかがですか。

ところで…。
炎上必至なのでじぶんのブログではぜったい書けませんが、この歌、ちっとも好きじゃありません(笑。

FMかなんかで数回聴いて、TVで1回だけフル・ヴァージョンを聴いただけですが、こんな歌がもてはやされるのも時代なんでしょうね~。
若い人たちにはいい映画の基準が「泣けるかどうか」なんだそうで、だから安っぽいお涙頂戴映画がウケるんでしょうが、植村花菜のこの歌、まあ安っぽいお涙頂戴ソングとまではいいませんが、どうなんだか…。

>肉親の愛情ってもっと目に見えなくて、言葉にもならなくて…。

以下のmilkちゃんの文章が、すべてを言い尽してると思うんですが、あえてつけ加えるならば、「トイレを綺麗にすると別嬪さんになれる」っていうのがひっかかるんですよね。

濱口國雄という人にそのものズバリ「便所掃除」という詩があって、これがかなりキョーレツな詩なんですが、その最後に

便所を美しくする娘は
美しい子供をうむ といった母を思い出します

という部分があるんですね。
自分ではない、美しい子どもというところがいいんですよね。
ぼくがこれまで聞いてきたことわざ?も全部そうでした。
美しい子どもとか可愛い赤ちゃんが生まれるという。

トイレ掃除が自分が美しくなるためっていうのも現代の世相なんでしょうかね~。

植村花菜がキンコンの西野と結婚したら、ぜひ美しい子どものためにふたりでトイレ掃除をしてほしいな(笑。

あ、それと…
おやつのカールにつなげるくらいだから心配はいらないと思うのだけれど
「例年よりちょっと低めのテンションで」
というとこがちょっと気になってしまいました(笑。

by parlophone (2011-05-19 21:00) 

milk_tea

ぎゃー!Parloさんだ!いらっしゃい!!(涙)
お元気ですか。きっとお忙しくしてらっしゃるんでしょうね。私も今は仕事が順調で
元気で頑張っています。ブログは細く長く・・・が自分の信条。(細すぎじゃ^^;)

>炎上必至なのでじぶんのブログではぜったい書けませんが、この歌、ちっとも好きじゃありません(笑。

そうでしょぉ・・・って、ぐぉら~!自分のブログなら炎上すること、こっちで書くとは
何事!!・・・・って、まぁそれは全くございません。こちらでは好きな事を書き殴って
下さい、えぇ!^^

>若い人たちにはいい映画の基準が「泣けるかどうか」なんだそうで、だから安っぽいお涙頂戴映画がウケるんでしょうが、

はい、これはもう嘆かわしいばかりです。おいマジか!というくらいステレオタイプ
のお涙頂戴ストーリーで良いみたいですね。そうじゃないと作品としての価値を
見出せない模様。
犬か、子供か、不治の病か。あるいは、犬を抱いた子供が不治の病みたいな(笑)
まあ申し訳ないですが、死んじゃったおばあちゃんに「孝行してないのにー!」
って泣く歌も、ご指摘どおりやっぱりその延長線上ですよね・・・。

>自分ではない、美しい子どもというところがいいんですよね。

このくだりを読んで、すごくハッとしました。
たしかにそうだ。何かずっと違和感があったのはそれだ。確かに、遠い日に聞いた
ことのあるトイレ掃除の逸話は、自分じゃない。美しい子供が生まれる、だ。
間違いないですね。

>トイレ掃除が自分が美しくなるためっていうのも現代の世相た~。

本当ですね。植村花菜のおばあちゃんはカンチガイしていたのか、それとも
孫娘に判りやすいように勝手に逸話をマイナーチェンジしてしまったか判らないけど、この曲は「美しい子供を生む」だったらこんなに売れなかったでしょうね。
そもそも、今の世の中でそんなことを言ったら「じゃあ何ですか、美しい子供を生むためにトイレを掃除しろというのは、女は子供を生むのが前提という事ですか?私たちは子供を生む機械ですか?では子供を生まない女は生きている価値もないと仰るんですか!!」とかいって日本全国からクレームガンガンでしょうからね。田島陽子あたり、黙ってませんよ(笑)

だし、トイレ掃除をした成果が次世代まで表われないというのも、根気がなくすぐに結果を出そうとする現代人には向いてない。
やっぱり、掃除したらすぐにベッピンになれないといけないのだわ。しかも、もちろん掃除をした本人がね。
そういう意味では、一見懐かしいタイプの曲のようでいて、とーってもイマっぽい曲だったのですね・・・・。parloさん、これは発見ね!!!(笑)

>「例年よりちょっと低めのテンションで」
>というとこがちょっと気になってしまいました(笑。

あはは!どうも恐れ入ります。
私も少しだけ大人になったのかも。紅白ごときでワーワー騒いじゃいられませんよ!赤が勝っても白が勝っても何がどうなるってわけじゃなし(笑)

まあ、とにかく最近はそれなりに心穏やかに毎日頑張っていますよ。
parloさんも、無理せずマイペースで日々の生活を充実したものにして下さい。
by milk_tea (2011-05-21 23:28) 

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