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パット・メセニーが優しすぎた夜 ~ある休日のエピソード~ [音楽的雑談]

            travels2.jpg

先週の月曜は祭日で会社はお休み。
天気もいいので朝から窓を開け放って部屋の掃除などしていたら、母親からふいに電話があった。

通話ボタンを押してから、あっまずい、今日は 敬老の日 だった。何のプランもないのにうっかり
電話を取ってしまった、と舌打ちしながらも 「あ、もしもし・・・」と返事をすると、母がいきなり
言う事には、

「あのね。今日、ちょっといきなりなんだけど。私ももうアチラの世界が見え隠れし始めたじゃない?
まだ生きているうちに、昔住んでいた場所巡りでもしようかと突然思って。結婚当初から色んな
ところに住んで来たけどもう何十年も昔のことで、いったい今はあの辺どうなっているのかなって。
なんか行ってみたいのよ。ちょっとこれからパパと行ってくるわ」

「は?今からってこと?それってあの、青山とか芝浦とかのこと?結婚当初ってことは。
どうやっていくつもり?」

「そうその辺。電車で行くのよ~そりゃ」

「駅とか分かってんの?」

「分からないけど、人に聞きながら行ってみるわよ」

「住んでいたところの住所とかは?」

「忘れちゃったけど。」

話を聞けば聞くほど「齢80に近い老夫婦2人で辿り着けるわけがない」と確信した私は、その日
1日の自分の予定を全てあきらめ、「いいよ・・・私も行くよ・・・」と答えて、1時間後に3人で待ち
合わせをしたのだった。

まずは青山だ。

電車の中で父母に行なった綿密な事情聴取?によると、

   ・結婚してすぐ、昭和33年から5、6年、青山に住んでいた。
   ・その頃に地下鉄なんか無かった。なので今の駅名で言われても分からない。

   ・当時は青山界隈を都電が走っていて、当時の移動は全て都電。
    近所でも車なんて乗ってる人はなく、みんな都電を使っていた。

   ・都電だと、青山1丁目という駅(停車場?)で降りていたと思う。
 
その証言から、取りあえず大江戸線の青山1丁目駅で降りてみることにした。

「まあ、駅から上に上がって青山通りに立てば色々思い出すでしょ」 という話になって、
地下鉄を降りてすぐに青山通りの交差点に立ったが、両親とも目を丸くして
「ここどこ?本当に青山?あまりにも様変わりしているし、何一つ当時の面影を残している
建物や通りがない。」

そう言われて見回してみるが、この青山通りに本当に都電なんか走っていたの?という気が
してくる。現在の整然とした青山通りの瀟洒な雰囲気からして、都電なんていう生活じみた
風景は似合わない。

母 「当時、青山って別にオシャレな町でもなんでもなかったわよ。充分生活じみてたし」

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ここで、ちょっと昭和40年前後の港区界隈の都電事情を調べてみよう。
こんな画像があった。

            toden4.jpg
       ここは、今の青山学院大の手前の辺りらしい。そう言われても全くピンと来ない。

          toden3.jpg
    ここはたぶん渋谷駅前の東口のほうじゃないかと思われる。何にしても、あったんだなあ、都電。

(勝手に別のところから持ってきてる画像なのでこのぐらいにしておきます。)
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話を先週の青山1丁目の駅の上に戻す。

「だいたい、住んでいた家の住所は何だったの?」

「えーっとね、えーっとえーと・・・・あ、思い出した!"新坂町"。」

「新坂町????聞いた事ないな・・・・」

こんな時に何より助かるスマホの検索。 
「あった、あった。今はもうその町名はないわ。ほら見て、この辺が新坂町だったみたい」

母と一緒に地図を見ると、そこには有名な乃木神社が鎮座ましましていた。

「あ、そうそう、乃木将軍のね、乃木神社がウチのすぐ上にあったの」

「それ早く言いなよ!てことは、この乃木坂の辺じゃん」

「そうそう!家の近くの道をちょっと行くと乃木坂だったわね。あんた乃木坂知ってるの?」

「そんなもん、知ってるとか知ってないとかじゃないよ!(やれやれ)」

しかしながら、そこからセレブの産院で有名な山王病院の前など通り、乃木神社の界隈に
さしかかると、なんと父も母も
「なんか全然周囲の風景が違う。違いすぎて家がどこだったか分からない」という。
しかも 「乃木神社が、場所を変えたんじゃないのかね?」 とか言い出すので
「あ~?神社の場所が変わるわけないだろが!(-_ー#)」 と私もだいぶイライラし始めながら、
付近をウロウロしていると、そのうち小学校のような校舎が見えてきた。

「なんか小学校があるけど。赤坂小学校って書いてある。家の近くに赤坂小学校あった?」
と聞くと、両親は声を揃えて「そんな小学校はない。」

そのうち母親が
「でも、それじゃないけど小学校はあったわ。アツシ(私の兄)を乳母車に乗せてTBSのほうに
散歩する道に小学校、あった。でも赤坂小学校っていう名前じゃなかったけど。何ていう名前
だったかなあ・・・なんかノド元まで出かかってるんだけどね。変わった名前の小学校だった・・・
ダメだ、思い出せない!」

・・・と言葉を発した、ほんの10秒後くらいだったろうか。大きな都営バスが黒い煙を吐いて
ブィーンを真横を通り過ぎた。そのバスの背面に大きく書いてある行き先表示を見て母が
「あーーっ!!あれよ、あれ!「檜町公園行き」だって。"檜町"小学校だっ!!」

おぉーーー、何という奇遇。

殺人事件を捜査中の刑事が、アンパンと牛乳を食べながら現場の張り込みをして、犯人の内縁の
妻が急に現場に現れたというような感動が。

そこでまたスマホで「檜町小学校」でググると、平成初期に赤坂小学校と統合して、校舎は檜町小を
使用し、学校名は赤坂小となっていたのだった。
「檜町」という地名は今ではもう、その「檜町公園」という公園の名前でしか残っていない。

「ここがその檜町小学校だよ。今は名前が変わっただけで」というと、父が
「なんか急に見えてきたぞ、俺は!」と言い出して、小学校の脇の道をどんどん1人で歩いて
いった。

それについて急ぎ足でついていく母。そのまた遥か後ろを疲労感を覚えながらついていく娘の私。

「たぶん間違いない、道の区画も建物も何もかも変わっているが、間違いなくこの辺だ。
乃木神社の茂みが見えている風景が一緒だ。記憶にある角度だ」
といって、バス通りからだいぶ中に入ったところに建っている大きな高級そうなマンションの前の
路地に父は立っていた。

「十年一昔、っていう言葉があるけどその5倍の時が経っているんだものねえ。浦島太郎ね。
 何とも言えない感慨があるわねえ。乳母車に載せられて嬉しそうにしていたアツシももうオジサン
 になって外国に旅立っていっちゃって。そしてあの時まだ影も形もなかったアナタに、今日
 連れられてここにまた来るとはねえ。」

その後、どこでもドアで時代を超えてやってきたような、違和感いっぱいの2人を路地に立たせて
写真におさめ、その後はまた大通りに出てタクシーを停めた。

「すみません、JRの田町駅まで」

そう、次の彼らの居住地は芝浦だったのだ。私はそこで生まれた。
ここでまた、芝浦で住んでいた場所の捜索の模様について語りだすと上記と同じ行数が必要となる
ので割愛させてもらうが、とにかく、こんどは田町駅から色々捜し歩いて、当時の家の場所もまた
我々は突き止めたのであった。 (家があったところは居酒屋になっていた)

そのあと、ありえない事だがこんどは常磐線に乗って南千住に行った。
(そこは母の従兄弟が住んでいて、これまた自分が生きているうちに訪ねたかったらしい)

帰宅は夜遅くになった。

帰りの京急でも両親は元気につり革に掴まって、あれやこれや話していた。
(意外に休日の夜の下り電車は混んでいて座れず)

何か不思議で仕方がなかった。
今日は尋常じゃなく歩き回った。
母は膝が悪くて階段の昇り降りもまともに出来なかったはず。父は今年の初め、前立腺がんの
手術をしたばかりのはず。どうなっちゃったんだろう。

山田太一の小説を映画化した 『異人たちとの夏』 を観たことのある人は、もしかして少ないかも
しれないが、ちょっとこの映画を彷彿とさせる1日だったと思う。

この映画は、風間杜夫扮するシナリオライターが離婚をして心がすさんでいたある夏に、
小学生の時に事故で死んだ両親と浅草の町でバッタリ会う。
事の異常を感じながらも、久々に会う若く元気な両親が懐かしくて、彼らが住んでいるアパートに
ちょくちょく通うようになるが、夏の終り頃、「お盆だから化けて出ておまえの様子を見に来ただけ」
といって、浅草の今半の2階で季節はずれのすき焼きをつつきながら、2人は足元から徐々に
消えてまたあっちの世界に戻っていく。鍋の前に座ってだんだん姿が薄くなりながら、
「あたしたち、お前のことが今でも自慢なんだよ」などと言って、微笑みながら両親は消えていく。
そして公私とも上手く行かず自信を失っていた主人公が、また気持ちを切り替えて人生を出直す、
といったストーリー。

乃木神社のふもとの静かな路地をシャキシャキ歩く両親を後ろから見ていたら、何か彼らの足元が
あの映画のように徐々に霞んで消えていくような錯覚に捕らわれた。

たぶん、いや間違いなく両親は二度とここに来る事はない。(私も来ないだろうが)
おそらくあと5年か10年かしたら(もっと短いかも)その肉体も消えて、もう地球上のどこにも
二人の姿を見つけることは出来なくなるだろう。

いつかそうなった時に、私は今日の1日を間違いなく思い出すんだろうな、と思った。

私が物心ついた時からずっと、離婚しないのが不思議なぐらい不仲だった両親が、今懐かしそうに
東京の町を並んで歩きながら穏やかに話をしていることも、いまだに私には信じがたく、そのことが
嬉しいというよりも逆に、「もう彼らは以前の彼らではないのだ」という、不思議な感傷となって胸に
迫った。

最後、彼らと駅で別れて1人帰る帰り道、何か音楽が聴きたくなってiPodであてずっぽうに曲を
選んで再生したら、パット・メセニーの 『Farmer's Trust』 だった。
何かあまりにもゆったりした曲が来て、夜に紛れてヘンにしんみりしてきそうだったので、曲別の
リストを出してまた適当にシャッフル演奏にしたら、最初に流れたのが、こんどはパットのまた別の
テイク (Charlie Haden とのライブ演奏)の 『Farmer's Trust』 だった。
様々なアーティストの2,500以上の曲が格納されているのに、だ。
こういう偶然はしばしば起きる。
その日、廃校になった小学校の忘れ去られた校名を書いたバスがたまたま横を通り過ぎたように。

こうなるともはや、これは今はこの曲を聴けという啓示だな、と思って、また頭から戻ってじっくりと
味わうように聴き始めた。

Pat Metheny 『Farmer's Trust』


この曲は、ケビン・コスナー主演の映画 『Fantango』 の最後のほうでBGMにも使われていて、
その曲名どおり素朴な農村の風景を描写した曲であると思うが、脳内が完全にフラットな状態で
聴いてもうっかりすると涙ぐんでしまいそうな美しいスローバラードである。
祭りのあとの寂寞感のようなもの、あるいは静かに消えゆく灯を見送るような感覚を起こさせる。
(映画の中でもまさに、パーティのあとに流れる。)

アルバムとしては、パット・メセニーの至高のライブアルバムと謳われている 『Travels』 に収録
されているのだが、ここでの演奏 (上記Youtubeはそのテイク)は、あまりヤマっ気を出さずに
淡々と穏やかに、ごくシンプルにまとめている。演奏が若いという感じかもしれない。
その後、Charlie Haden との共演を含め色々なライブで演奏しているものを聴くと、もっと溜めが
あったり強弱がついていたりして技巧的な仕上がりになっていることもあり、奥行きや円熟味は
当然感じるものの、私はやっぱりこの「あっさりテイク」が一番心に沁みるかもしれない。
ギターの音色がシンプルな分、繊細なブラシワークが生きてくる。あのブラシっていうのは本当に
"心のやらかい場所" に語りかけてくるものですね。
そこにかぶされる水鳥の啼き声、そして中盤から静かに入ってくる Lyle Mays のピアノがこれまた
陰影のある映像美を伴って響いてくる。

そういえば、この曲だけでなく多くの楽曲やアルバムでパットと共演してきた Charlie Haden は
つい2ヶ月前ぐらいに亡くなった。あの懐深く叙情豊かなウッドベースの音色も、もう生では聴くこと
は出来ない。(遠い昔に書いた こちら の記事もご覧ください)

ついでに言えば、同じくパットとのデュオで2人の名前を冠したアルバムも出していたギタリストの
Jim Hall も昨年末に息を引き取った。
Jim との Farmer's Trust も、オリジナルに負けず劣らず素晴らしく、もしかするとこちらの方が
力強さと緊張感があって、ファンの支持率は高いかもしれない。
ジャズギターの巨匠 Jim の突然の訃報は世界中のジャズファンを悲しませたことだろう。

そんなあれこれを考えあわせても、なにかと感慨は押し寄せる。

--

初秋の休日、全く予定していなかった1日になったけど、図らずもなかなか良い敬老の日だった
かもしれない、と思いながら歩いた。

そして、ふとスマホを取り出して先ほど撮った写真群を改めて見てみると、芝浦の自宅跡で
並んで写っている両親の笑顔は本当に穏やかで満足げで、もしかすると、この写真がいつか
遺影用に使えちゃったりするのかな、とも思ったりした。

そのあとは、パット・メセニーのあまりに優しく美しいギターの調べに背中をそっとトントンされた
かのように、車の行き交う国道沿いを歩きながら何故か涙が出て止まらなかったのだった。
こんなことで泣けるなんて、私もホントもう若くないのかもね。

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かまちゃん

はじめてコメントします。多分ユーミンの検索でmilk_teaさんのサイトに当たってから、何年経ったのか忘れましたが、ずっと読むだけで共感することは沢山あったけど、文才ないので控えてました。うちも両親はまだ健在ですが、80も近くなってくると、あと何回会えるかなと考えたりするようになってきますよね。今日は何か凄く共感したので書いちゃいました。そろそろ更新のタイミングかなと思ったら、ばっちりだった偶然も大事にしないといけませんしね。
by かまちゃん (2014-09-22 00:14) 

whiteberry

milk_tea様こんにちは。しばらくですね。
連休の谷間、少し気楽ですね。(私は明日は出勤です)

今回、意外なテイストの内容にビックリ。
妙に湿ったタイプの人が老いた両親がどうこうと語り出すと何となくただの「心温まる話大賞入選作」みたいで押しつけがましいものですが、milk様のような方のクールめの語り口だと爽やかに読めるのが不思議であり、それもまた文章力、構成力の高さゆえかと思います。

それにしても敬老の日に、いい親孝行をされましたね。
親孝行って、20万もするマッサージチェアをプレゼントすることとか、ハワイに連れて行くこととかじゃなくて、何かあるごとにちょっとした電話を入れたり、親のつまらない愚痴を聞いてあげたりとか、そういうことのほうが大切なのかもしれませんよね。
古いコトバですが、「親孝行 墓に布団は掛けられず」 とか言います。(ちょっと違ったかな?)
生きているうちに子供として出来ることはしてあげたいですよね。
(と、理屈では判ってるのですが私は何~もしておりません、ハイ)
音楽も聴いてみました。とても美しい曲ですね。確かに、ご両親の後姿にはぴったりの曲です。おそるべしiPOD!
by whiteberry (2014-09-22 10:15) 

JT

こんにちは、JTです。

>私ももうアチラの世界が見え隠れし始めたじゃない?

このような言い回しを聞くと、milk_teaさんの文才はお母様からのものかな、って思ってしまいました。

>ちょっとこれからパパと行ってくるわ

「パパ」、私の両親よりほんの少しだけお若い世代とお見受けしますが、さすが東京ですね。私の家では星飛雄馬の家と同じ呼び方でした(笑)。

>ケビン・コスナー主演の映画 『Fantango』

おお、大好きな映画です。パット・メセニー使われていたのですね。オープニングのクリーム「バッジ」、タイトルバックの「土曜の夜は僕の生きがい」、キャロルキングの「イッツ・トゥ・レイト」、ラストの「キャント・ファインド・マイ・ウェイ・ホーム」などのロックに耳が行ってしまいがちですが。しかしあのパラシュート学校は笑い盛りすぎだろ(笑)。

でもお母様からの(間接的な)お誘いの電話が親孝行になってよかったですね。iPodの選曲も粋ですねぇ。ひょっとしてコビトが入っている?

『異人たちとの夏』 は見た事がありませんが、今度機会があれば見てみます。



by JT (2014-09-23 10:58) 

milk_tea

かまちゃんさん、初コメントどうもありがとうございます。
よく見に来ていただいているとのこと、感謝感謝でございます。

>80も近くなってくると、あと何回会えるかなと考えたりするようになってきますよね

そうなんです。感覚的には75才に達したあたりから急激に老人ぽくなってきた気がしますね。「75から後期高齢者」の線引きは確かに順当だと両親を見て感じてます。
ただ私の母はいまだに会社勤めをしているのですが(医療関係で定年なし)、そろそろさすがに身を引かないといけない時期に来ており、おそらく仕事を辞めた途端にボケちゃうんじゃないかと思います。それが心配です。
また父は今年の初めガン宣告されて、ついにその時が来たかと覚悟しましたが、手術したら完全に治っちゃったみたいで…。そこまで元気になられても逆に困るぐらいの…。

かまちゃんさんのご両親はお近くにお住まいですか?もしや同居とか?
親に対する感情って、強く愛情を感じる時と、とにかく面倒くさい、イラつく、という時を行ったり来たりするように思います。前者のタイミングを見ながら(笑)うまく親と付き合って、あとあと後悔のないようにすることは大事でしょうね。(と、今回すごく思った。)

>今日は何か凄く共感したので書いちゃいました。そろそろ更新のタイミングかなと思ったら、ばっちりだった偶然も大事にしないといけませんしね。

私も何かに憑かれた?ように突然書きたくなって1時間くらいで書きました。
かまちゃんさんの念とリンクしたのでしょうかね。他にも少しでも共感できるものがあったら是非是非、またコメントください!!
by milk_tea (2014-09-23 21:25) 

milk_tea

whiteberryさ~ん、いつもいつも本当にありがとうございます。
今日は出勤お疲れ様でした。

>妙に湿ったタイプの人が老いた両親がどうこうと語り出すと何となくただの「心温まる話大賞入選作」みたいで押しつけがましいものですが

元々うちは、今やたら持てはやされている「感謝」とか「絆」とかいう教育を全くしてくれなかった両親でした。どちらかというと 「人間は結局ひとり」 とか 「ありがとう、なんて気持ち悪い。言葉にしたら陳腐になる」 とか言って教えるタイプ。
(それで私もこうなっちゃった)

でも、心の中ではそれなりに厚い気持ちを持っていたりするのです。それをきちんと言葉に出来る人間になりたいですね。
(と、思っていてもどうしても言えない。私の今後の課題です。こうやって、文章には書けるんですけどね~^^; あ、感謝と並んで「謝る」ことも苦手です。ほとんど謝りません。こっちのが深刻(笑))

>親孝行って、20万もするマッサージチェアをプレゼントすることとか、ハワイに連れて行くこととかじゃなくて

確かにそうですね。まあ、でもハワイに連れて行ったら喜びますよ、絶対。(笑)
私もいつか両親をハワイに連れて行きたかったのに、うかうかしている間に、海外旅行がちょっと厳しい年代になってしまいました。

>何かあるごとにちょっとした電話を入れたり、親のつまらない愚痴を聞いてあげたりとか、そういうことのほうが大切なのかもしれませんよね。

これは本当にそうです。もう、いつ電話がかかってきて「お父さんが倒れたよ」とか
言われるかもしれないわけで、あとで色々後悔しないためにも日常的にコミュニケーションを怠らないようにしたいですよね。こうなってくるともう、親の気持ちとかじゃなくて、自分の気持ちの問題です。

>「親孝行 墓に布団は掛けられず」 とか言います。(ちょっと違ったかな?)

えーと、ちょっと圧縮しすぎかな?
「孝行したい時には親は無し、墓に布団はかけられず」とかでしたよね?
まあ、でもそういう事ですよね。

>ご両親の後姿にはぴったりの曲です。おそるべしiPOD!

これから技術も進んで、プレイヤーを手にしている体温や発汗量でその人の気持ちを推し量り、オススメの曲が流れてくるようになるかもしれません。今回は本当にそんな感じでした。もしかするとiPodとの付き合いももう長いので、ぼちぼち空気を読んでくれるようになってきたのかもしれません。
by milk_tea (2014-09-23 22:02) 

milk_tea

JTさん、こんにちは。
思えば最近は必ずコメントをいただけて、もうレギュラーコメンテーターですね。朝の情報番組で言えば「スッキリ!」のテリー伊藤並みの存在感。(って、1-2度しか観た事ないですが・・)

>このような言い回しを聞くと、milk_teaさんの文才はお母様からのものかな、って思ってしまいました。

特にそうでもないのですが、父母とも大変な読書家ではあります。文才はなくとも、さすがに大量に本を読んでいるとある程度お利口そう(本当のお利口とは違う)にはなりますよね。その流れは私にも多少あるかもしれません。でも最近は私も全然本を読んでいなくて。PCやスマホは良くないですね。なんだかんだ時間をさいてしまう。

>「パパ」、私の両親よりほんの少しだけお若い世代とお見受けしますが、さすが東京ですね。私の家では星飛雄馬の家と同じ呼び方でした(笑)。

いえ、当時勝手にシャレた呼称を採用した、っていうだけで
「ママ、今日のご飯なに」「目刺しよ」「えーまた目刺し~」「文句があるなら食べなくてよろしい。ちょっとパパ呼んできて」 ってな感じで、生活レベルと全くリンクしてなかったです。

>おお、大好きな映画です。パット・メセニー使われていたのですね。

好きな映画なのに、そこ気付いてなかったなんて!
印象的なシーンに3曲も使われてますよ。
ちなみに私はあの映画はあんまりピンと来なかったんです。ああいうロードムービー風はすごく面白いか、何となく退屈かどちらかですね。ケビン・コスナーもちょっと地味でした。(他の配役は全員、もっと地味だったけど)ケビン、私はあんまり好みじゃないっていうのもあります。(それかい!)
見たのがすごく昔だったから、こういういぶし銀な作品を見る鑑賞力が足りてなかったのかもしれない。今また見てみたらちがうかもしれません。
青春が終わってから見るほうが、その素晴らしさ、かけがえのなさが分かるものでしょうから。( -_-)(もどってこーい、青春!)

>『異人たちとの夏』 は見た事がありませんが、今度機会があれば見てみます。

監督が大林宣彦なのですが、SF映画としては大変な駄作といえるでしょう(笑)
しかし、安っぽいSFXシーンなどは見なかったことにして、とにかく情緒的な部分だけ追いかけると、最後は涙が止まりません。ちなみに、浅草で出会う30年前に死んだはずの若い両親は、片岡鶴太郎と秋吉久美子が演じています。よかったら1度借りてみてください。親を片方でも亡くされている方は、そうでない私以上に色々と感じる部分も多いと思います。
by milk_tea (2014-09-23 23:07) 

パチオ

milk_tea様、今晩は。
初めて書き込みさせて頂きます。

レベッカの記事からこちらのブログを知りまして、以来、通勤の時間にずっと読ませて頂いております。
長文の記事も、それに負けない皆様のコメントもとても楽しいです。

更新を首を長くしてお待ちしておりましたが、同じ年代の親を持っていることもありいろいろと考えたり思い出したりした印象的な記事でした。

一度読んで、アップされた動画の音源を鳴らしながら読み直して(こちらのブログを読む時は可能な限り記事になっている音源を鳴らしながら読んでいます)自分と親の関係を思い、胸がつまりました。
一度、親ばなれをしたと意識すると、どうしてこんなにも上手く付き合えないのか不思議でなりません。他人と付き合うより難しく感じます。

とりとめのないことを書いてしまいましたが、milk_tea様とご両親が楽しく過ごせますように。そこに流れていたパットが優しい思い出になれますように。
by パチオ (2014-09-25 22:31) 

milk_tea

パチオさん初めまして、温かなコメントをありがとうございます。

>一度読んで、アップされた動画の音源を鳴らしながら読み直して(こちらのブログを読む時は可能な限り記事になっている音源を鳴らしながら読んでいます)

こういうの、ブロガー冥利に尽きるっていうんでしょうか。
もったいないお言葉頂戴し感無量です。誠実で、感性の細やかなお方なのでしょう。
(でも パチオ=パチンコ好き? なんですかね?(笑))

>一度、親ばなれをしたと意識すると、どうしてこんなにも上手く付き合えないのか不思議でなりません。他人と付き合うより難しく感じます。

ホント、わかります。
上のほうにも書きましたが、親に対する感情は、「やはり親ってありがたい。かけがえのない存在だわ」って思う時と、「うざっ!めんどくさ!!」と思う時と、極端に振れるんですよね。まあ後者がほとんどなんですけどね。

でもきっと、失うと色々分かるんだと思います。失わないと分からないのかも。
しかし、失う前に少しでも分かろうと頑張っています。

と、いいつつ、今日の昼前、仕事中に電話がかかってきて「ねぇ~隣町のダイエーが閉店なんだって~それで売りつくしセールがあるらしくて~」とかグダグダ話し出したので「別に興味ないし!ていうか、こちとら仕事中だ!」って叩き切ってしまいました。ごめ~ん、ママ~~~

ということでパチオさん、今後ともどうぞご贔屓に・・・・。
by milk_tea (2014-09-26 00:36) 

easyplus-lj

こんばんは。

親孝行ですねぇ(涙
ご両親だけだったら、きっと何も見つけられず、どっぷりとお疲れに
なってしまったのであろうと想像されますが、milk_teaさんの
スマホとGoogleの集合知のおかげで、お父様は「なんか急に
見えてきたぞ、俺は!」あたりから新婚当時のご自身の姿に戻って
おられたのではないかと。

ウチも両親は存命なのですが、父はもう歩き回れるほどの
元気はなく、同じようなことはできないですねぇ・・・。

でも、Googleストリートビューのおかげで過去に住んでいた
あたりは全部現在の様子がわかるのがありがたいw

ちなみに影も形もなくなったのが3軒、そのまま残っているのが
2軒でしたw

歩き回れるうちに連れてってあげたらよかったのかなぁ?

by easyplus-lj (2014-09-26 01:31) 

milk_tea

easyplus-ljさん、今回もまたお越しいただきましてありがとうございます!

>ご両親だけだったら、きっと何も見つけられず、どっぷりとお疲れになってしまったのであろうと想像されますが

はい、たぶん2人では、最初の大江戸線への乗り換えから分からなくなり、すぐに折り返し帰ってしまったんじゃいかなと思います。
聡明で活発で頼りになる母だったのですが。いつの間にか判断力も鈍って、ずいぶん頼りなくなっちゃいました。
(ちなみに父親は昔から安定して頼りなかった。そこはブレがない)

>新婚当時のご自身の姿に戻っておられたのではないかと。

きっとそうです。急に50年前の自分の感覚が戻ってきた感じでした。
しかし「いくら50年ったって、そんなに町って変わるか?」って思われるかもしれません。でも本当に、道の区画から全く違うんだそうです。乃木神社が見えていて、そこを基点に昔の地図と重ね合わせてもどうにも分からないくらい違っちゃってるとのこと。
あの辺り、今は立体交差のようになっていますが、その時の区画整理でだいぶ変わったってことじゃないでしょうか。

>でも、Googleストリートビューのおかげで過去に住んでいたあたりは全部現在の様子がわかるのがありがたいw

確かに。私は一時ストリートビューを見るのが趣味でしたが、もうやめました。
(きりがないんですよね。猿にらっきょう与えたみたいにずっと見ちゃう。)
そう言われてみると、事前にそれで場所確認してから行けばよかったかな。
でも実際に現場に立っても何がどこだか分からないのだから、やはり無理だったかも。

>歩き回れるうちに連れてってあげたらよかったのかなぁ?

それはそうですが、今出来ることが他にも色々あるでしょうから、何か探してみると
いいと思います!(「親孝行相談室」でも開設しちゃおかな?・・・って昨日は母親どなりつけてたくせして(笑))

それにしても、うちの親は昔住んでいたところを懐かしがるようなウェットな人種じゃないのに、急にそんなことを言い出したことがいまだに少々怖いです。
夫婦仲が良い事もあまりに不気味です。あんなのうちの親じゃない!
(どんなだったのよ・・・)
アッチの世界からちょっと手招きされているんじゃないでしょうか。
しばし要観察です^^;
by milk_tea (2014-09-27 01:25) 

想也

こういう親孝行って、ちょっとしてみたいですね。
うちの両親は、結婚当初から住んでるところに今も住んでるので、
「昔住んでた場所めぐり」は無理ですが、
「昔一緒に行った場所めぐり」とかつきあってみたいな。
まぁ、オヤジが職人で出不精だったから、
「一緒に行った場所」がどれだけあるんだかわかりませんが(笑)

それにしてもiPodのランダム再生は、たまにすごく良い仕事をしてくれますよね。
Farmer's Trustは、確かにそんな夜には優しすぎて、涙がこぼれそうです。

うちのiPodにもTRAVELSいれとこうかな・・・
と思ったら、アナログしか持ってませんでした(笑)
まず、デジタル化しなくっちゃ。

by 想也 (2014-09-27 12:32) 

easyplus-lj

こんばんは。

コメントは1回だけでやめとこうと思いつつ、ついつい反応してしまって
アレなんですが・・・(汗

>アッチの世界からちょっと手招きされているんじゃないでしょうか。
>しばし要観察です^^;

これはもう、「異人たちとの夏」ごっこをしてやろうと目論んで
いらっしゃるのではないかとw

そんな思い出作りをして、事前に伏線を張っておく。

で、後に突然milk_teaさんの前に現れて、引き寄せられたところで
エゲエグしているmilk_teaさんを尻目にパット・メセニーの曲をBGMに
しながら、徐々に消えて行く、と。

んでもって、向こう岸に戻ってから
「あいつ、泣きよったでw」(←なぜに関西弁?)
と言いながら二人で笑う、という・・・。

不謹慎ですみませんm(_ _)m

by easyplus-lj (2014-09-28 02:59) 

milk_tea

想也さん、どうもこんにちは、お久しぶりです。
ブログを覗かせていただいたら、なんかRefugeeさん(あ、想也さんか)のギター弾き語りの映像が出ていたそうで!もうcloseしちゃったようで!見られなくて残念ですぅ~。息子さんが端正だから、お父さんもさぞや?なのに。

>こういう親孝行って、ちょっとしてみたいですね。

「結果的に何となく親孝行っぽくなった」というだけですけどね。
想也さんのご両親はずっと1箇所定住なんですね、お幸せですね。
お互いそろそろ親の介護問題など色々出てくる年代になってきていますが、考え過ぎても暗くなるし、その場その場で対応していけばいいんですよね、きっと。

アルバムTravelsは本当にいいです。表題の「Travels」も、Farmer's Trust
と双璧の名曲ですね。日本語の歌詞があてられそうなメロディです。
それにしても、想也さんは曲も作られていて、すごいですね。多彩なんですね。
by milk_tea (2014-09-28 10:23) 

milk_tea

easyplus-ljさん、再訪ありがとうございます。

>これはもう、「異人たちとの夏」ごっこをしてやろうと目論んでいらっしゃるのでは

あ~、すべては伏線張りってことですか。
いや、わりとそこまで考える親かも。
というか、「敬老の日だし、『親孝行しちゃったわ私~』とでも思わせてやるか・・・敬老イベント考えるのも大変だろうから」って、逆に子孝行してくれたのかもしれないな。
で、私が田町駅でトイレに行っている間にiPodいじって、それっぽい曲を1曲目に仕込んで止めておいたのかも!?(笑)
「これで、私たちが死んだあと、これ聴いたら泣くだろ」ってね。
いやな親~~~!!!!!(笑) 
by milk_tea (2014-09-28 10:31) 

スリーピンビューティ

milk-teaさん、こんばんは(^_^)

素敵な敬老の日になりましたね。
読みながら私も一緒に歩いて行っている様な気持ちになりました。
ご両親はきっとこの日、娘さんに連れて行ってもらった喜びをかみしめておられますね。
どちらかと言うと、お母さま目線になってしまいました。
私は、父がなくなっていますが、母は76歳でバリバリ働いて、三輪バイク乗ってます(^。^)
何故か、今年の夏のお祭りの日に、
元気だった頃の父を思い出して、かなりおセンチになっていました。
まさに異人たちの夏です!
ニコニコ笑っている父の表情がありありと思い出され、もし子供の頃に戻れるならまたお祭りに連れて行って欲しいと。
私の両親も不仲で、人生なかばでドラマの様に母は蒸発するという、かなりショッキングな事もありました。
中学生の時だったのですが、横道それなかったのが自分でも不思議なくらいです。
今では、私の中では笑い話しになっています(^。^)
美しい曲ですねぇ。
セピア色になったいろんな情景が、
また違った色に染まりました。
小鳥さんたちのさえずりも優しく私のココロを癒してくれます。
楽器で奏でた音だけが音楽ではないんですね。
無意識にでも聞こえてくる音が、過去のその時々の風景と感情を思い出させてくれたり、和ませてくれたり。
クールで都会的なmilk-teaさんと勝手に思いこんでいますが、
今日は、また新しい出会いをしたようでした。
ありがとうございました(*^_^*)

by スリーピンビューティ (2014-09-28 23:35) 

milk_tea

スリーピンビューティさん、毎度ごひいきに!ありがとうございます♪
すっかり秋めいてまいりましたね。

>ご両親はきっとこの日、娘さんに連れて行ってもらった喜びをかみしめておられますね。

と、思ったらそうでもなくて、先日「この前は大変な1日だったねえ」と、話を仕向けたら「何?いつのこと?あー、青山行った日?そういえばそうね。でもまあ、旅行したわけじゃなし…」とかいって、ずいぶん温度低くてビックリしました。付き合わされた娘のほうがしんみり涙こぼしてブログしたためたりしてるのに、どういうこと!?って感じです。"子の心、親知らず" ・・・って反対じゃん!!!Ψ(`▽´)Ψ

>私は、父がなくなっていますが、母は76歳でバリバリ働いて、三輪バイク乗ってます(^。^)

うちの母の1つか2つ下だわ。しかもうちの母もいまだに原付バイク乗り回しています。
(お父様は亡くなられてるんですね。そこはお気の毒)

>ニコニコ笑っている父の表情がありありと思い出され、もし子供の頃に戻れるならまたお祭りに連れて行って欲しいと。

そういう、どこか黄泉の世界から呼ばれているみたいなことを言うの、極力やめてほしいですよね。

>私の両親も不仲で、人生なかばでドラマの様に母は蒸発するという、かなりショッキングな事もありました。

ええっ、そこも似ているなんて。妙に共感。
しかし、一時期蒸発してしまうなんて、それはなかなか大変でしたね。
でもちゃんと戻ってきてくれて、良かったですよね。
うちは、父母が不仲、兄と母も定期的にぶつかってばかりで、何だか、温かく一体化した家族のぬくもりがあまりありませんでした。とは言っても暗くもなく、とにかく聡明な母がひとりで怒ったり笑ったりしながらクールに家を切り盛りしてるという感じの家庭でした。
100家庭があれば、内情も100通り。色々ですよね。

私はとにかく、ほんの最近まで両親が並んで歩くところを1度も見たことがなかったのです。2人が一緒に出かけているところを1度も見たことがないってすごいでしょう?(改めて考えると、一体どんな家庭?)
なので、先日の光景は本当に目に焼き付きました。最も幸せな家族の光景として。
スリーピンさんも、ますますお母さん孝行してください。
なんか本当に1度ゆっくりお会いしてみたいですねえ・・・・。
by milk_tea (2014-09-30 23:59) 

かまちゃん

milk_teaさん、暖かいコメントありがとうございます。背中を押していただいたので、更に少し書かせていただきます。両親は違う沿線ですが、乗れば一時間位の所に住んでいます。うちの父も今月80になるのにまだ仕事をしています。父と一緒に仕事をしている弟には、辞めたらボケるからそのまま最後までやってもらえばと言ってます。昔から親の気持ち子知らずと言いますが、あちらは純粋に気になるし、夫婦の共通の話題なんですね。僕もこの歳になって、なるべく連絡するようにしてるんですが(それでもせいぜい月一がいいとこ)、あちらの家では、あの子最近連絡無いけど元気にしてるのかね、なんて毎日のようにやってるんでしょう。
パットメセニーは、僕はそんなに聴いたとはとても言えませんが、思い出があります。FENで目覚めた洋楽好きで、高校から社会人まで近所のレコード屋さんに入り浸っておりました(昔はちょっとした商店街には一軒はありましたよ
ね)。週に一度は立ち寄り一時間位むしろ音楽以外のよもやま話をするのを日課にしてたんですが、そのマスターがパットメセニーが好きでお店でもよく掛けられていて、それで薦められたのが最初です。それからこちらは引越しや海外駐在なんかがあり、挨拶もできないうちに10年程前にお店は閉められたようです。いろいろ教えてもらい、店の宣材のポスターなんかも沢山もらって(ドナルドフェイゲンのナイトフライのポスターは当時は宝物にしてました)。ちゃんとご挨拶できなかったのが今でも少し引っかかっていて、パットメセニーと聞くと、あのマスターのお顔を思い出します。ご家族ともども元気にされてるかな、なんて。
by かまちゃん (2014-10-04 22:09) 

milk_tea

かまちゃんさん、再コメントありがとうございます。
電車で1時間くらいのところ、まあちょうどいい距離感かもしれませんね。
かまちゃんさんのお父様もしかり、私の母もしかり、高齢になってもまだ仕事をしてかろうじて社会貢献の一翼を担うことが出来ているというのは、何より偉大なことだと思います。自分もそうありたいけど絶対無理そうです。(今もうすでにフルタイムで仕事していることがキツくなってきてる)
趣味に生きる老後も素晴らしいですが、やはり「仕事」を持っているということは何より生きる活力になると思います。

>そのマスターがパットメセニーが好きでお店でもよく掛けられていて、それで薦められた

そういうエピソード、ほっこりしますよねえ♪
人生っておそらく、そういう小さなシーンの断片が折り重なって堆積して豊かになっていくんですよね。そうそう、レコード屋さんって商店街に1軒はあった。今はもうほとんどが消滅しましたね。HMVとか大型店でも潰れる世の中ですから。
今は、ネットでCD評なんかを見て星の数で買う・買わないを決めたりですが、昔はレコード屋のお兄さんだとか、従姉妹のお姉ちゃんだとか近所の浪人生?とかが「うちに来てこれ聴きなよ」とか「これのB面の後半最高」とか、シーン込みで情報をくれたから良かったですよね。今は何かそういうのが足りないカンジ。

>ドナルドフェイゲンのナイトフライのポスターは当時は宝物にしてました

最近、ドナルドフェイゲンの Nightfly で私、ひとつ記事書いて載せようとしていたんですよ!ビックリ。ただ、後半が今一歩うまくまとまらず、書きかけで残したままです。あのジャケ写のポスターですか。渋いなー。私も欲しいです(笑)また、気が向いたら記事を書き上げてアップしたいと思います。

by milk_tea (2014-10-05 00:38) 

mac

別の場所でコメント書かせていただきました。
気になってプロフイール拝見。
そして、最新の記事も。文章の構成や写真も良いですね。
親孝行ぶりを拝見して微笑ましく思いました。

小生の息子たちもあなた様の年齢です。
小生のブログは、Yahooで、『正々堂々の人生』です。
老人が戯言を並べています。
ご覧くだされば光栄。






by mac (2014-10-05 13:40) 

milk_tea

macさん、最新記事でもコメントありがとうございます。
うちの父とほとんど同じ世代のようですね。
80歳にもなって、色々写真を撮って色々なテーマでブログを書かれて、素晴らしいですね。私の両親はパソコンなんて全く使えません。
かろうじて携帯電話は持っていますが、メールは全く出来ません。しかも、いつも電話してきて「もしかして、電話くれた?」というのですが、「してないわよ。というか着信履歴を見ればいいのに」とこれまで1,000回は説明していますが、いまだにそれすら見ることが出来ないんです。macさんのように、文明の利器を使いこなす才覚と好奇心がありません。いやになっちゃいます。
それにしてもお庭で取れた栗がたくさん!まさに秋ですね。素敵なブログで色々拝見しました。大量のスヌーピーも可愛いですね。
by milk_tea (2014-10-10 00:13) 

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