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僕が僕であるために。~尾崎豊、50歳にはならなかった永遠の17歳~ [邦楽]

  ozaki1.jpg
     
久しぶりのブログ投稿でいきなりなのだが・・・・

私は今日で 尾崎豊ファン 3日目になる。

亡くなって23年も経ってから今さら、しかもファン暦たった 3日 であれこれ語るのは
あまりに僭越とは思うのだが、今、急激に尾崎がキている。 (u_u)
昨夜も、YouTubeを追いかけ過ぎて完全に寝不足だ・・・。

--
3日前。穏やかに晴れた日曜日。
見るでも無しにテレビをつけながら隣の部屋でゴソゴソ片付けなどしていたら、まったりした休日
の午後の空気を裂くように、故・尾崎豊 の張り詰めた歌声が突然耳に飛び込んできた。

特に彼のファンでもないので、テレビの画面に目を向けることもなく何となく歌声を聴いていた
のだが、サビに向かっていく直前のBメロの展開が妙に美しい。
いつのまにか自然と一緒に口ずさんでいた。

なんでまた急に尾崎豊??と思ったら、その日は 尾崎豊の誕生日 だったらしい。
今まで、彼の "命日" がニュースになったのは何度も見てきた気がするが、"誕生日" という切り口
は初めてな気がした。

彼が今も生きていたとしたら、この日(11月29日)でちょうど50歳だったという。
なので、TV局によっては「尾崎豊・生誕50周年」と謳っていた。記念CDや、アナログボックス
のようなものもリリースされたりしているらしい。

普通「生誕◯◯周年」とか言う場合、通常の寿命では生きない年月、たとえば100年とか経って
初めて付けられる形容詞じゃなかったっけ?たったの50年程度でも生誕とか言っちゃうんだ
・・・と最初は思ったが、青臭い17歳の心のままで時を止めた少年が、もしそのまま生きていた
としたら、何ともう50歳にもなるのね、という逆の感慨も湧いてきた。

それにしても、なんて心に響く良い曲だろう。

その時流れていた曲は 『僕が僕であるために』 だった。
(あまりにも有名な曲だが、一応ライブ映像にてご紹介。すぐ削除されちゃったらすみません。)

  


ちょっと、ど~ですか、これ! (動画見てから次に行くように!)

何度も言うけど、私はぜんぜん尾崎豊の信奉者じゃない。
曲の歌詞に思想や主張をてんこもりに入れ込んで、重たいメッセージソングに仕立て上げる感性は
何か泥臭くてカッコ悪いと思ってる。とはいえ、長渕剛とか矢沢永吉とかよりサウンド的には
抵抗がなくて聴きやすいので、まあそんな毛嫌いするほどじゃないけど・・・という程度だった。

なのに私もどうしちゃったんだろう。
実は最近そういうことがすごく多い。昔は鼻も引っ掛けず、どちらかというと小馬鹿にしていた
ようなものが「あれ、こんなにスゴかったんだ」とか「こんなに美しかったのか」とハッとして
しまうようなことが。(もうすぐ死ぬのかな、私?)

 ♪ 僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない
   正しいことは何なのか それがこの胸に解るまで

何~~ちょっと~~~
沁みる~~~~(笑)

何というかこの映像とか見ると、メロディラインがどうとかコード進行がどうとかという問題では
ない気がする。もちろんどちらもとても良いが。
この人、声が透明で伸びがあり当然歌唱力もあるが、そういう事に頓着なく、喉をつぶしそうな
ぐらい声を張り上げて、端正な顔もひん曲げて胸に吹きだまる思いを叫んでいる。

若さゆえの訳のわからない不安だとか反抗心だとか、渇望だとか失望だとか、色々ない交ぜに
なった感情の塊が恥ずかしいくらいストレートにぶつけられていて、1ミクロンの濁りもない。
純度100%。美しい。美し過ぎて何だか直視できないほどのレベル。

美しいついでに言うと、この映像で見る尾崎豊の少し線の細い感じの立ち姿とか素朴な表情。
"女子" なら誰でも記憶のある、中学時代とかに憧れた学校一の人気者の先輩男子って、だいたい
こういう感じじゃなかっただろうか。
1階の下駄箱のところで、クラスメート達と笑い合いながら歩いてきた 尾崎先輩 とすれ違い
「きゃーーー!なんか今、先輩がこっち見た。絶対見た。」
「うん、なんか笑ってたね。歯が白かったー。超カッコイーーッ!」 とかいって下級生女子の
グループが、その一挙手一投足に卒倒しそうになりながら大騒ぎ。でも意外と寡黙で女子のことが
苦手な尾崎先輩は決して彼女らに近づいてくることもなく、下級生は誰も直接話をしたことはない。
しかしそのうちに、美人で細身で性格までも良いという、文句のつけどころのないような女の先輩と
付き合っている事が判明し、必死に手作りしたバレンタインのチョコは、鞄から出す事もないまま
家に持ち帰って傷心とともに自分で食べる・・・みたいな。(←出ました、得意の妄想パターン)
尾崎豊の横顔にはそういう、ちょっと近寄っていけないような青く生硬なオーラが漂っている。

しかし、こうして尾崎の魂のシャウトが必要以上に私の心を揺さぶったのは、もしかすると、
そうなる素地が日曜日の自分の中にあったのかもしれない。
時計を戻し、その2日前・・・・

先週の金曜の夕方だ。
上司に急に小会議室に呼び出され、この上期(4~10月)の査定(仕事の評価)を言い渡された。
(=その評定が、12月にもらうボーナスの金額に反映される。)

今期、私は例年にないぐらい仕事をした。春と夏、大小2つの展示会のコンセプトづくりからブース
の企画立案、業者とのやりとり、商品の調達から顧客リストのまとめ、招待状送付等々、キリがない
ほど全部1人でやってイベントをつつがなく取り仕切った。
正直、これ以上に頑張れる仕事など当分こないだろう。
なのに、だ。さほど大きな仕事をしていない去年よりも評点が低かった。
私は思わずその数値を2度確認し、上司にその理由を問うたところ
「うちは相対評価だから。キミがどんなに頑張っても、ここの他の部員のほうが頑張ったと判定され
たらキミのほうは低くなる。今期よくやってくれたとは思うが、もっと数字をあげた人が多く居た。
評価が上がる人がいたら、それと同数「下がる人」を作らなければいけない制度だから仕方が
ない。残念だが下期に、もっと頑張ってくれ」と言われた。

「頑張れって、この上期のような濃密な仕事は下期にはないです。それに今回以上に頑張ることは
正直いって不可能です。この評価は不当です。これ、クレームを入れるとどうなるんですか?」
と尋ねると
「査定に不満があれば、部門長同席のもと面談には応じる。応じるが、それによって査定が変わる
ことはない。どうします、面談、しますか?」と問われ、私はしばらく考えて答えた。
「訴えても変わらないのがわかっていて文句をつけたって、単なるクレーマーってことで、部門長
にも悪い心証を与えて下期もっと評価を下げられたらたまらないので、もういいです。」

そういって席に戻り、まだ17時で定時の終業時間まで45分あったが、上司が席に戻ってくる前に
書類の片づけも早々にバッグを引っつかんで、周囲に挨拶もせず会社を出た。
「なんで楽しい週末の直前の、金曜の帰り際に人をこういう気分にさせるかね、いったい会社って
ところは。評価が相対、って何なんだ。じゃあ部員全員が120%レベルで仕事を頑張って全員が
高い成果を出したらどうすんだ。それでもマイナス評価になる人を選ぶのか?会社って何なの??
そんなバカなやり方って、ある?」と、烈火のごとく腹を立てながら。

ーーーーそんな前段階があっての、日曜の尾崎豊だったのだ。

おそらく、このように心が "反体制" あるいは "反社会" に傾きかけている時こそが、尾崎豊の
歌声が最もダイレクトに降りてくる 最適な素地ということなのかもしれない。
(査定がちょっと下がったぐらいで、すぐ反社会的方向に振れる私も私だが)

テレビから流れてくる『僕が僕であるために』を聴いているうちに、火傷を負った傷口に優しく
オロナイン軟膏を塗ってもらっているような、ちょっと泣きたくなるような気持ちになった。
その後、夜になってからYouTubeで尾崎豊の色々な楽曲、色々なライブ映像を追いかけてみる。

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                ozaki004a.jpg

うわ~、この人、本当にカッコイィ~~~。
(主義主張が、とかじゃない。この時はもう単にルックスにやられてました ←しょうもない)

ジャニーズの誰それがカッコイイとか、韓流スターがイケメンだとか言って喜んでいる人の気が
知れない。尾崎を見ろっ!こんな気骨があってマジメで純粋で才能があって、しかもここまで
正統派の美男子なんか、他にそうそう居ないぞ! ワー!キャー!(←かぶれやす~い)

今の若い俳優で彼の人生をドラマ化するとして、誰がいいだろうとちょっと考えてみた。
尾崎豊ってちょっと不思議な人で、いわゆる「醤油顔」に見える時と、非常に甘い「ソース顔」に
見える時とあり、シーンによって別人のように顔のテイストが変わる。(ついでにいうと同じ曲を
歌っても、日によって全然歌声の質が違ってる。か細い時と野太い時と。)
顔が似ているということでは、成宮寛貴(この前までドラマ「相棒」に出てた人)が一番似てる
かもな~と思っていたら、なんとビックリ。数年前にこの成宮くんで尾崎の再現ドラマを既にやって
いた。YouTubeにも上がっていたのでちょっと見てみたけど、成宮くんだと全体に甘すぎて、正直
全然ちがってた。(明らかに背も小さく可愛い過ぎて迫力もない)
色々考えたけど、私だったら 小栗旬 でキャスティングするかな。彼だと逆にちょっと "醤油" に
寄り過ぎていて顔に甘さが足りないけど、世の中に不満持ってくすぶってる反体制なムードが、
いい感じに出そう。う~ん、他にもいい俳優いるかな? 

いかんいかん(笑)、今一度冷静になって彼の音楽について考えてみよう。

尾崎豊といって、一番知名度のある曲は何だろう。『15の夜』 じゃないのかな。

 15no.jpg

この曲中の、たった1行のシンプルな歌詞のみで、この曲は今も誰もが知るところとなる。

    ♪ 盗んだバイクで走り出す~~

普通なかなか出てこないですよ、こんな歌詞。
この1行が放つ爆発力、人々に与えたインパクトというものは凄まじいものがある。
しかも、メロディの譜割りがいい。
「盗んだ」の頭の「♪ぬーー」が前の小節から喰って入り(=シンコペーション)しかも1音上がる。
無理やり文章にすると「♪ ぬー ↑↑ うっすんだバイクで」 という感じか。
「ぬ」の字が「憤怒」の「ぬ」にも聴こえて、カメハメ波のように溜めをもって強く打ち出される
波状のパワーを感じる、この曲の中で最も重要な一音であることは疑うべくもない。
いや、この曲どころか、彼の "音楽世界" そのものがこの 「ぬ~」の一音に凝縮されていると
言ってもいいかもしれない。

描く情景としても、不良少年が友達らとふざけ合いながら、盗んだバイクにまたがって体勢も
整えず走り出し爆音を立てながら夜の闇に消えて行く映像が、まるで映画の1シーンのようだ。

いっぽう、Aメロに出てくる

      ♪ 闇の中 ぽつんと光る自動販売機
       百円玉で買えるぬくもり 熱い缶コーヒー握りしめ 

の辺りも、深夜家にも帰らず冬の街を徘徊してる少年たちの、ちょっと幼く心細い感じなんかを
彷彿とさせ秀逸だ。
今は100円玉ひとつじゃ缶コーヒーは買えないけれど。
でもそこからもう30年も経ってるのに、30円しか値上げされていないんだな、とも思ったり。
(うちの近所には何故かまだ1本100円の自販機がある。どうでもいいが。)

あとやっぱり 『卒業』 の歌詞もその次くらいに有名かな。

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     ♪ 行儀よく真面目なんて 出来やしなかった
       夜の校舎 窓ガラス 壊して回った


これも歌詞のインパクトとしては、トップクラスにキョーレツ。
当時、「校内暴力」っていう言葉がハヤリで、やたら学校内で暴れる輩がいたんだよね。
でも、これをメロディに乗せて歌った人は初めてだったと思う。

学校を卒業して社会人になって、酸いも甘いも経験したのち「体制側」のオトナになってこれらの
曲を改めて聴いてみると、思わざるを得ない。
「学校や教師などという支配から逃れたいと叫んでいるけれど、社会に出たら出たで、また別の
支配が待っている。生きている限り人間は何かに支配されるのだ。支配を受けない世界には
虚無しか存在しない。何かに支配されていることこそが生きている証なのだ」 
といった虚しい真実を。

社会に一歩出たら、そんなことは叫ぶだけ無益だ。
誰にも支配されず自由になりたかったら、会社を辞めて人との繋がりを断って家に引きこもる
しかない。

でも15歳や17歳ならば、「自由になりたい!支配から逃れたい!」と汗を飛び散らし叫んでも
構わない。まだ自分の将来の骨組みすらも見えていない未知数の状態の人間に限り、
「おお、叫べ。わめけ。元気があっていいぞ若者よ!そのうち現実が分かるだろうよ」と、周りの
大人は優しく見過ごしてくれる。

そういう意味では、オザキの早逝は、彼を分別をわきまえた大人に成長させることを永遠に
阻止したことになり、反逆のアーティストの人生としては最も理想的な形となって結実した。

彼が今も普通に生きていたら、もしかすると、徳永英明とかと一緒にNHK紅白歌合戦なんかに出て
サテンのスーツで 『I LOVE YOU』 を歌っちゃったり、SMAP×SMAPに出て中居くんや
慎吾ちゃんなんかと、ちょっと別アレンジの『シェリー』など合唱しちゃったり、
もっともっとヘタすると、小堺一機のお昼の番組で、♪何が出るかな 何が出るかな とかいって
大きなサイコロ投げたりしちゃってたかもしれない。(さすがにそれはないだろう。)
あるいは変な方向に走って、原発反対!とか 戦争法案反対!とか先頭切って運動したりする
オザキの姿もあまり見たくはない。(こっちは、かなりありそうな感じ)

あの ジェームス・ディーン だって、もし還暦過ぎまで生きていたら、ただのお腹の出たオヤジさん
になって「昔、エデンの東に出ていたあの俳優は今!」とか言って、特集番組に出ていた可能性も
ある。

一人の人間の人生を考えた時、若くして早逝することは言うまでもなく "無念" きわまりないに
尽きるが、俳優とか歌手とかの「トップスター」の域となってくると少し事情は違い、逆に
「伝説」となって後世までその名をとどろかす事が出来たりする。
本人はその "自分の輝かしい死後" を知ることが出来ないのだから、まことに悲しくも皮肉なこと
だが、それは確実にある。

尾崎豊の死は、事故死だとか自殺だとか、計画された他殺とする説もいまだに消えていないらしい
が、その突然ハサミで切り落としたような衝撃的な人生の終え方は、「伝説」を作り上げるのに
十分過ぎるものであった。

彼の訃報が伝わった1992年4月の終わり、私はアメリカのサンノゼにいた。
それは別に当時アメリカに居住していたとかカッコイイ話ではなく、たまたま女友達2人と10日間
くらいの旅行に来ていて、その日は友人の家に泊まらせてもらっていた。
夜におうちの電話を借りて横浜の実家に数日ぶりに国際電話をかけると、母親が
「大変よ!尾崎豊が死んだのよ。もうワイドショーが大騒ぎ。ただ死因がよくわからないのよ。裸で
人家の軒先に転がって死んでたの。で、お葬式にね、何千人ってファンが参列してみんな泣き崩れ
ちゃって。人気あったのねえ。だって曲がいいもの!あんた、帰国したらCD買ってくれない?
色々な曲をテレビで流してるものだから私すっかりファンになっちゃって。素敵な子だったのねえ~
オザキはぁ~。」と、すっかり情報通&関係者気分になって、興奮気味にしゃべっていたことを
昨日のことのように思い出す。
あれから23年が経つわけか・・・・。嘘みたいだ。

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それにしても、尾崎豊という人。
ナイフのように硬く尖って危なっかしい。でも雲母片のようにモロそうで、壊れそうで。

瞳は暗くすねているのに、歌声には真っ直ぐさとひたむきさがあって、その上にこの整った
ルックスと来ている。
女性なら母性本能をくすぐられるだろうし、同年代の男性なら日頃抑圧された自分の内面の
代弁者のように感じて憧れを持つに違いない。

しかし何しろ難しいタイプのアーティストだ。
最初は泥をかぶったダイヤの原石のようであったにちがいない彼を、最初に認めて水場へ
引っ張ってきて泥を洗い流し、光輝くダイヤモンドへと研磨作業を行なった人(プロデューサー)
が居たことは、何より奇跡的なことだと思う。
(あとで調べたら須藤某とかいう人が、その役目をしたらしい。)

しかし同時に、この原石を最初に磨き上げたプロデューサーの牽引能力が高過ぎたことが彼の
人生を結果的には狂わせたことになったのかもしれない。

というのも、"尾崎豊の作った楽曲は" と言われて私レベルでもすぐに挙げられるのが
本日のトップに置いた『僕が僕であるために』の他には、
『15の夜』 『OH MY LITTLE GIRL』 『I LOVE YOU』 『十七歳の地図』
『卒業』 『シェリー』 『Forget-me-not』
何も見なくても、この8曲は挙げることが出来る。
しかし、これ以上はどう頑張っても出てこない。

「8曲も有名ヒット曲があれば充分じゃん。(例えば虎舞竜のジョージ高橋みたいに)ヒット曲
が1曲しかなくても、延々それを元手に喰っていけてるアーティストだってけっこう居る」
という声が聞こえてきそうだが、ここでの問題は 曲数 ではない。

彼が18歳でデビューしてから、その約9年後:26歳で不慮の死を遂げるまで
彼は6枚のオリジナルアルバムをリリースしているが、上記8曲のうち何と5曲までもがデビュー
アルバムの挿入曲だ。10曲しか入っていない1枚のアルバムのうち5曲が後世に歌い継がれる
名曲と呼ばれるものなのだ。まさに伝説のアルバムと言っていい。
何度も言うが、それがデビューアルバムなのだ。

そして残りの3曲のうち『卒業』は2ndアルバム。 『シェリー』 と 『Forget-me-not』 は
3rdアルバムに入っている。
その後の3枚、すなわち22歳から亡くなるまでの約5年の間は、これといったヒット曲が
1つもなかったということになる。

上述のファーストアルバム 『十七歳の地図』 だが、さほど前宣伝やキャンペーンを打たなかった
ために最初はセールスは低かったらしい。しかし音楽評論家たちの評価はきわめて高く、そのうち
自然の成り行きのように彼の作品はシングルもアルバムも爆発的に売れていき、やがて当時の
殺伐とした世相とも相まって「反社会系・10代のカリスマ」のように扱われるようになったのは
誰もが知るところだ。
中でも名曲がひしめき合うこのデビューアルバムは、尾崎豊の人生観やマインドをまんま具現化
したものと認識されていたと思う。

ところが、人間とは哀しいもので、拳を振り上げ汗を飛び散らして訴えたいほどの主義・主張、
あるいは人生の主要テーマというものは、人間1人につき、そんなにたくさんは無い。
「規則なんてクソ食らえ」「先公に何が分かる」「自由になりたい」と、ひとしきり叫び続けたら
ある程度気も済んでしまう。

しかも「学校の支配からの脱却」というテーマに限って言えば、賞味期限は非常に短く、普通は
18歳、少し引っ張るとしてもハタチを過ぎたらもうそんな中二病みたいな事を言っている人は
なく、皆もっと別の、もっと自分の生活に密着した個別の課題をたくさん抱えて粛々と生きていく
こととなる。

青春の不整合をひとしきり叫び散らしてしまったあとに、尾崎の胸中には何が残っていたのか。
彼は、人気の絶頂期を超えたあとは「都会の孤独」や「愛」について盛んに歌っていたようだが
(私が聴いた6枚目も、テーマはまさに"孤独" と "愛" )
どうもがいても、デビュー前後の10代の頃の才気走った音楽世界を再現することは出来なかった。

何かと戦ったり抗ったりは俺もそろそろもういいかな・・・と思い始めたとしても、信者と呼べる
レベルの固定ファンたちはたぶんそんな大人のオザキは望んでいなかっただろうし、そうでない
普通の人たちにいたっては、25過ぎても戦い続けるオザキには「ま~だそんなこと言ってんだ」
と冷笑を送っただろうし、大人になっていたらなっていたで「あれ、あんなに戦ってたのに、普通
になっちゃったのね」とやはり薄笑いを浮かべたのだと思う。

このタイミングでものすごくつまらない例えをしてちょっと気が引けるのだけど、
私はたまに「20代の頃とか、さぞやモテたでしょう?」みたいな言われ方をする事がある。
「イケイケだった頃の写真を見せてよ~」なんて言ってくる人もいる。
しかしそれは「(今)モテるでしょう?」 とか 「(今の)写真ちょうだいよ」 ではないので、
正直言ってこれっぽっちも嬉しくなどない。

嬉しくないあまりに、そんな時私は あっけらかんと「ええ、めちゃくちゃモテてましたね。」と
雑に答えるのだが、そうすると 「おぉ、自分で言っちゃう、すごいなぁ~」なんていう反応が
返ってくる。
でも私に言わせてもらえば、「昔、男にモテていた自分」なんて、今の自分とは全く別の生き物だ。
たとえ昔モテていたとして、今モテてないなら何の自慢にもならない。過去の武勇伝など、今の自分
にとって屁の足しにもなりはしない。(屁とか言っちゃダメ)
そればかりか、逆にそれは今現在の自分を軽く否定されていることにもなるのだ。

ツアーで全国各地のコンサート会場を回りながら、最新アルバム曲ばかりが続いて今ひとつノリの
悪い客席が、最後 『15の夜』 のイントロと共に観客全員の目が最も輝き出すのをステージの上
から幾度となく見渡す時、おそらく彼は変わらずついてきてくれるファンと一体化する喜びを噛み
しめると共に、私が感じたと同じように 「でも "今" を認めてくれなくちゃ意味がないんだよ」 に
突き当たっては常に傷つき、失望していたと思う。(同じ次元で語るのも失礼だけど)

彼が覚醒剤で捕まった前後や、その後の幾度かの活動休止や復活、そして不幸な死に見舞われる
までの何十ヶ月間。
私生活では結婚をし子供も生まれていたとは言えど、そういった「ごく普通の幸せ」は本質的には
彼に何のインスピレーションを与えることもなく、どれだけメロディを探してもギターをかき鳴らし
ても、自分の思いを歌に乗せるどころか、そもそも 「歌うべき事が見つからない」 という、もっと
根源的な、メッセージ訴求型シンガーソングライターとしての最大の生き地獄を味わっていた
のだと思われる。

とはいえ、彼の最後(6枚目)のアルバム 『放熱への証』 は、彼が急死する1~2か月前に
出来上がっていて、その死後ただちに発売になってオリコンチャート1位だったということだから、
それなりに内容の濃い、あるいは死への予兆のようなものが読み取れる価値ある1枚だったの
かも知れないと思い、今回 YouTube を駆使して全曲聴いてみた。
・・・が。
こうはっきり言い切ってしまっていいのか分からないが、ちょっとビックリするくらい平凡で
インパクトのない、つまらないアルバムだった。
ストリングスやサックスなど飾った音をほとんど入れない、ごくシンプルなバンド編成による
初心に戻ったかのような音づくりなのだが、このシンプルさが彼の歌を引き立てるかと思いきや、
平坦な演奏が、イジイジとした繰り言のような起承転結のない歌詞、そしてヒネリのない退屈な
メロディラインと相まってますます表情を失い、1曲聴き通すのも辛いぐらいのクオリティであった。
何より、最大の核となるであろう彼の心の叫び、メッセージがその歌詞から少しも伝わってこない。
言葉があまりに散漫で取りとめがなく、「何が言いたいのかさっぱり分からない」 のである。
果たしてこの時の彼に 「真に訴えたい事、誰かに伝えたい事」 は存在したのだろうか?

これは・・・苦しかったと思う。

こうして彼は、身もだえするほどの "枯渇" との対峙にほとほと疲れ切り、結局のところ、
しっくり行く「今の俺」を、最後まで見つけることが出来ずに終わったということではないだろうか。

彼が何を思ってその短い一生を駆け抜けたか、ファンでもない私に長々語られる筋合いもないとは
思うが、同じ世代だからなのか、私も根が暗く世を拗ねた側面があるからなのか、影を引きずった
その生き方には大いにシンパシーを感じるし、彼が遺した数々の楽曲を改めて聴いてみるにつけ、
深い感銘と敬意が湧き上がるのだった。
オザキの50才の誕生日の日に、偶然そこにたどり着くことが出来たのは幸運だった。

そういえば、つい最近たまたま何かに書いてあって読んだのだが、
今の中高生に尾崎豊を聴かせても、全然ピンと来ない、と言うらしい。

「尾崎が何に対してそんなに怒ってるのか、まずそこから分からない」

「そんなに学校がイヤなら行かなければいいのに。窓ガラス割って回らなくたって。」

「バイクを盗んだら犯罪では?…というか僕はバイクなんか興味ないし。事故起こしたら危ない」

といった冷静な意見が出るということだ。

尾崎が試みたような音楽への泥臭いアプローチの仕方は、今となっては時代そのものが
もう望んでいないのかもしれない。
学校の教師が生徒たちに不当な扱いをしようものなら、本人たちよりその親が黙ってない時代だ。
いまや、心に傷を負って、盗んだバイクで夜の帳(とばり)に走り出したいのはどちらかというと
先生のほうなんだと思う。

--

ところで、先週の金曜、上司に「もういい!」と捨て台詞を残して椅子を蹴るようにして会社を
飛び出した私だったが、きっと月曜日の朝になったら何だかんだ言っても「milkちゃん、ちょっと」
と、また会議室に呼ばれて「金曜は部下に対して不適切で失礼な説明をして申し訳なかった」ぐらい
言われるのかな~と内心思って出社したら、一切何も起こらない上に、上司も普通に
「来週のデモのことだけど、あれどうなった」とか平然と話しかけてくる。なので、ついつい
「あ、あの~、先週の査定の件は結局・・・?」と小声で尋ねてみると、キョトンとした顔をされて
「あれ?だって、もういいです!ってはっきりと言ってたじゃん。だからあのあとすぐあれを提出
して確定だよ。え、ダメだった?どゆこと?(・_・)?」

・・・・・ガーッ。Ψ(`▽´)Ψ
「はっきり言った」わけじゃない、「もういいです!」ってタンカ切ったんでしょーが。
伝わってなかったのか。ひとり怒りまくって何だかアホみたい。

これって
「貴方と別れたいの。もう追いかけてこないで。さようなら」と、降りしきる雨の中、傘も差さずに
桟橋をのぞむ港方面に向けて走り去ってみたのに、待てど暮らせど追いかけてこなくて、
「本当に追いかけないでどうすんのよ!バカじゃないの?」って全身びしょぬれになりながら
腹を立てている感じに似ている。

現実はそんなにドラマチックではない。
けっこうみんな、あまり何も考えずにのほほんと生きているらしい。

オザキ。貴方ももう少し肩の力を抜いて気楽に生きればよかったのかも知れないです。


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white berry

milk_teaさまこんにちは!
久々の名文、堪能しました!
というか、いつも以上にすさまじく文が長くて。相変わらずすごいです。
よく1曲のインスピレーションからここまで文章を紡ぎだせる。よっぽど感じるものがあったのでしょうね。
そこまでの感受性に何より感服いたします。

僕が僕であるために、良い曲ですね~~。
あと、書かれていましたが Forget-Me-Not は確かにとても良い曲で、マキハラノリユキがカバーしていて、それはまた別の魅力がありますよ。
尾崎豊のピュアさが非常に伝わる1曲だと思います。
夜にまた最初から読み直してみますね。動画も家で見ます(笑)。
by white berry (2015-12-03 17:55) 

milk_tea

whiteberry さん、こんにちは。お久しぶりです。
ブログを更新しないとwhiteberryさんとも交流できないわけで
困ったものです(笑) なかなか書けなくて・・・・。

しかし今回くらい「音楽的衝撃」があると、こんなに長文でも2時間ぐらいで
書きあがっちゃいます。情熱とはおそろしいもの(笑)
というか、そういう「衝動からくる感情の高まり」を大事にしたいというのもあるので
まあこれでいいんです。(以上、独り言、というか弁解)

確かに文章は異常に長いですが、尾崎豊については、巷で論じられている
通説の
ようなことを、改めて自分の言葉で言い直してるだけって感じですね。それでも
もう1度なぞりたいんです!私、感動するとやたら語り倒したくなるんですね。
ブログという受け皿(サンドバッグ?)があって本当に良かったと思います。(笑)

あ。槇原敬之のForget-me not 私も好きですよ~~。忘れな草。
私の場合、そっちを聴いて初めて「あ、いい曲なんだ」って思った感じでした。オリジナルでは最初そんなにピンと来なかった。
Aメロの入り方が「東鳩オールレーズン」のCMソングに似てるな、と思ったぐらい
でした。(これ、今調べてみたら同じ感想持ってる人がいっぱい居てビックリ!笑)

私、「ファンじゃない」ってここに何度も書いてますけど、よく考えると、カラオケで歌う曲がないと「15の夜」たまに歌うし、実はファーストアルバムのCDは持ってるんです・・・誰かに借りてそのままになったんじゃないかと。
(断じて言うが、自分では買ってない)
しかし尾崎本人をビジュアルで確認したことがあんまりありませんでした。
YouTubeってすごい媒体だなと今改めて思います。
「今やっと出会えた」感が強いです。 尾崎先輩~~♪(だめだこりゃ)

動画を見たあとの感想も良かったら!お待ちしてます!
尾崎豊って、ちょっとコアだから、あんまりコメントも来なそうなので^^;

by milk_tea (2015-12-05 02:00) 

white berry

たびたび失礼させていただきますね。良い天気ですね。
動画見ましたよ!本当に「尾崎先輩」っていう感じしますねー。
白いTシャツがまたそうさせるのかも。体育の授業とか部活とかを思い出させます。
確かに私も憧れの先輩いましたね…。バスケ部でしたね。ホント校内の女子がみんな好きだったぐらい。
あの先輩は今どういう人生を歩んでるのかなって思いますよね。
たぶん頭はそんなに良くなかったからエリート街道って感じではないし、中小企業とかで働いて、もしかしたら早くに子供も出来ててもう初孫が生まれたりしているのかも。(年齢バレますー)
ワルってやっぱりキュンと来ちゃうんですよね。
ワルという時点でスタート地点が低いから、ちょっとニッコリしたり女子に優しかったりするとそれだけでポイントアップになっちゃう。
でもたぶん尾崎先輩はそっち系じゃなくて、ただ暗いタイプで、ずーっとふてくされて休み時間も机につっぷしてたりした種類の男子だったのではないでしょうか。女子も引いちゃうぐらいの。
そうじゃなければ、デビューしてあそこまでキレてないですよね。
過去の鬱憤を晴らしているとしか見えない。(^o^;

でも気がつきました。milkさまのいくつか前の記事の、ジャズばかり聴いていた元カレさんもちょっと尾崎豊っぽいですよね。あと、佐野元春の時の実はゲイだった元カレさんも少し。
要するにそういう影のある人に惹かれてしまうのではないですか。でもそれってありますよね。
(長々すみません。真の尾崎ファンの方のコメントが拝見したいです。)
by white berry (2015-12-05 11:44) 

easyplus-lj

ごぶさたしております。

尾崎豊と吉川晃司と岡村靖幸は仲良しだったそうで、よく3人でジャンケンして
(だったかな?)勝った人の好きな所に遊びに行く、ということをしていた
そうで、吉川晃司が勝つと、ただひたすら飲みまくり、岡村靖幸が勝つと
ディスコで踊りまくり・・・。
尾崎豊が勝った時はどうしたのか、忘れてしまった(汗
カラオケで唄いまくりだったかな?

で、尾崎豊の死後、岡村靖幸は引きこもり、すっかりデブになってフジテレビの
「TK MUSIC CLAMP」に登場し、私は驚愕してしまった・・・。
このおデブさん誰?と思っていたら、岡村靖幸だったのは衝撃的だった・・・。

その後は覚せい剤で3回も捕まって、おつとめまでしてしまう始末。

ま、大体はもとの体型に戻って、相変わらずクネクネ踊ってますけどw

吉川晃司は俳優としても評価が高かったり、相変わらずライブではシンバルを
回し蹴りしているとかw

尾崎豊が生きていたら、その、反原発とかそっち系だったんでしょうかねぇ?

なんとはなく、角が取れて、すっかり落ち着いて、あんな歌唄ってた頃を
振り返って、「あの頃は若かったからねぇw」とか言って、相変わらず
きれいな伸びる歌声で、ステキなバラードなんか歌ってるのも、アリかな?
とは思います。

その場合はヒカリモノ系のスーツ着てるかもしれませんw

by easyplus-lj (2015-12-06 02:07) 

milk_tea

white berryさん、再訪ありがとうございます!

>確かに私も憧れの先輩いましたね…。バスケ部でしたね。

中学はそれ、必ずありましたね。小学校から中学に入ってくると、上級生がひどくオトナに見えて。しかも中3なんて言ったら、世の中で一番えらいのかなっていうぐらいオトナに見えてました。今じゃ笑っちゃいますが。
それだけ年代によってものの見え方が違う、ということを我々も改めて認識したほうがいいかもしれませんね。

>中小企業とかで働いて、もしかしたら早くに子供も出来ててもう初孫が

ありがち、ありがち。カッコイイ先輩はだいたいチョイ悪だから頭は良くなかった。
高校になると頭のいい人のほうがモテましたけどね。

>でもたぶん尾崎先輩はそっち系じゃなくて、ただ暗いタイプで、ずーっとふてくされて休み時間も机につっぷしてたりした種類の男子だったのではないでしょうか。女子も引いちゃうぐらいの。

それは間違いなさそうです。YouTubeで尾崎がライブのMCで学生時代の自分について語ってるのを見ました。みんなに無視されてたみたいな話をしてましたよ。誰とも話をしなかったって。

>ジャズばかり聴いていた元カレさんもちょっと尾崎豊っぽいですよね。

それ、確かにあるかもしれません。瞳の暗さは似ています。
顔もちょっと似てるかもしれない。(でもやっぱり尾崎より西島秀俊似。)

>(長々すみません。真の尾崎ファンの方のコメントが拝見したいです。)

とんでもない、いつもコメントいただき感謝しきれないほどです。
確かに、熱狂的尾崎ファンの方々がいつかコメントをくださるといいです。
レベッカの記事は今も毎日多くのアクセスがあるので、この記事もだんだんに尾崎ファンに知っていただければ嬉しいですけど。
(知ったかぶりみたいなことばっかり書いているから、袋叩きに合うかも・・・)
by milk_tea (2015-12-06 18:48) 

milk_tea

easyplus-ljさん、大変ご無沙汰です。いつもありがとうございます。

>尾崎豊と吉川晃司と岡村靖幸は仲良しだったそうで、

うわ~、さすが情報通のeasyplus-ljさん、いいネタ持ってますね~
そういうオフモード情報みたいなの、大好きです。ワクワクします。

吉川晃司と仲良しだった、というのはYouTubeで、吉川がラジオでしゃべっているのを聴きました。浜田省吾の事務所に移籍した時(いつだ?)、尾崎が吉川に、とにかく新しい事務所に一緒に来て、入口だけでも見ていってくれとせがまれてうるさかった、という話をしてました。
素の尾崎豊って、実は少しも難しい人じゃなく、笑ってばかりのおちゃらけた明るい人だった、と多くの人が言ってるようですね。ただ人より少し「ポエム体質」で芝居がかったところがあったと。それがあの熱いパフォーマンスになっていたんでしょうね。
easyplus-ljさんの記憶が確かなら、3人でカラオケに行ってたのかしら。
「俺はカラオケなんか行かない」とか言いそうなタイプだけど、実はそんなこともなくて、元気に浜省とかブルーススプリングスティーンとか歌っていたのかも。(その辺を中学時代などによく聴いていたってMCで言ってました。)
ごくごく普通の青年ですね・・・・。

>その後は覚せい剤で3回も捕まって、おつとめまでしてしまう始末。

これを読んで「そういえば岡村靖幸ってどこ行っちゃったんだ??と思って、
Wikipediaとか見ちゃいました。本当だ、実刑判決も受けてる。
3回も捕まるって、覚醒剤って本当に怖いですね・・・やめられないものなんですね。
この3人が仲良しって当然初めて知りましたけど、結局はみんな同い年(いわゆる、タメ)なんですね。やはりタメ同士ならではの一体感って不思議にあるんですよね。

>尾崎豊が生きていたら、その、反原発とかそっち系だったんでしょうかねぇ?

そっち系だったでしょう。やはり尾崎豊としてずっとShow Biz にいたとしたら、何かと戦ってないと尾崎じゃない、という位置づけはやはり永遠に変わらなかったでしょうから。
でもまあ、ホント勝手なこと言ってるかもしれないけど、彼はこの人生の閉じ方でよかったのではないでしょうか。もちろん寿命をまっとうする一生のほうが良いでしょうが、地球の歴史レベルで考えると26年も80年も大差ない。だったら、彼ぐらいピュアに蒼く輝いた人生もひとつじゃないでしょうか。

>「あの頃は若かったからねぇw」とか言って、相変わらずきれいな伸びる歌声で、ステキなバラードなんか歌ってるのも、アリかな?

まあ、それはそうかもしれませんね。氷室京介やB'zの稲葉などがそれなりに麗しく年齢を重ねているようにね。とはいえ、いくら彼らとテイストは部分的に似ているとしても、やはり似て非なるものって感じですよね。音楽哲学的に言って、あまりに危なく、あまりに期間限定なところに手を出してしまったのだと思います。
あ~まだまだ語り足りないです(笑)しばらく続きそうです、この尾崎ブーム(笑)
他にも何か興味深いエピソードがありましたら教えてください!^^
by milk_tea (2015-12-06 22:02) 

ライトな明菜ファン

milk_teaさん、<ライトな明菜ファン>です。明菜の話題でもないのに、こんなところまで出しゃばって何の用かと言われれば、あくまで「祝、更新!」です。前回の「うきぶくろ」の時に祝コメントしようと思ったのですが、スガシカオで私に何が書ける? ということで、あまりに何もなくて断念しました。ただ一つだけ、あの「うきぶくろ」って私には何度も「うさぎぶくろ」って読めてしまい、「うさぎぶくろ」って何? 状態でした。くだらなくてすみません。
尾崎豊もmilk_teaさんには申し訳ないけど「そんな人もいたわね」レベルですが、イケメンというところで食いつきました。今さらイケメンがどうという年齢でもないけど、不細工なよりはいい事は確か。確かに昔はこういうタイプいましたね。私が思いついたのは「バナナフィッシュ」の主人公<アッシュ>です。ご存知かどうか。ワルで、でもピュアで傷つきやすくて、という。最後死んじゃうところも似ています。確かにこの動画を見ると、思わずのめりこみたくなりますね。でも私の座右の銘は「顔のいい男なんか、世の中にいくらでもいる(ただし自分のものにはならない)」なので、のめりそうになる態勢を押しとどめました。
久しぶりに新しい記事が読めてちょっと浮かれてます。どうして私はmilk_teaさんの文章にこんなに癒されるんだろう? 不思議ですね。知り合いでもないのに、この人(milk_teaさんの事)私は絶対的に信用できる、なんて思ってしまうのです。今後も時々うるさくない程度にコメントするかもしれませんが、どうぞよろしく。あっ、最近はまたどっぷり明菜漬けの日々です。
それと他のファンサイトでわたしとおなじHN の人を見つけました。こんなイージーなHNだとかぶることもありますよね。でも私はこのHNはここでしか使ってないので、他のサイトの人は別人です。
最後になってしまいましたが、査定の件がっくりでしたね。生きてると理不尽な事ってありますよね。私も働いていたときは、ダメ上司に手柄を横取りされ、ミスの後始末だけ押し付けられ、なんてこともありました。そういう時はどうやって気をとりなおしたんだっけ? 本好きなので、評判のミステリーでも本屋で買って帰って夜通し読んだとか、かな。また明日から仕事ですが、少し怒りが収まりましたか? 不運は今年限りという事で、初詣には「大吉」のおみくじでも当てましょう。何も中身のあること書いてないのに、また長くなってしまいました。それでは。





by ライトな明菜ファン (2015-12-07 01:05) 

milk_tea

ライトな明菜ファンさん、しばらくぶりでーす。
私は長い事ライトな明菜ファンさんは男性だと思い込んでいたことを知りました。
女性だったんですね!なぜ男性と思ったのだろう。
明菜や聖子をシビアめに語る人ってだいたい男性だ、っていう先入観があったのかな。女性より男性のほうが、より俯瞰的で分析的ですよね。女性は自分の好き・嫌いがもっと前面に出る傾向がある気がする。なので男性と思っていたのです。

>「祝、更新!」です。

お優しい!ありがとうございます。同性だと思ったら、より一層優しいかた、という気がしてきた(笑)

>私が思いついたのは「バナナフィッシュ」の主人公<アッシュ>です。

それはアニメですかね?私は新しめのアニメは何も知らない!ワンピース、進撃の巨人あたりすら読んだ事ないんです。昔は漫画家になりたかったぐらいだから、りぼんやなかよし、マーガレット系は熟読してたんですが、そこ止まり。
いずれにせよ、少女漫画には必ず出てくるキャラですね。背がスラッと高くて、サラサラで少し長めの前髪、ちょっとワルで、口数少なな感じ。

>私の座右の銘は「顔のいい男なんか、世の中にいくらでもいる(ただし自分のものにはならない)」

そんな座右の銘、ひねくれ過ぎてます!(笑)
いやいや、本当にいい男というと、なかなか居ませんて。
(しかし、いずれにしても自分の元に落ちてこないのは確か・・・・)

>知り合いでもないのに、この人(milk_teaさんの事)私は絶対的に信用できる、なんて思ってしまうのです。

なんかありがとうございます。ブログやってて良かった~♪
自分の思いを色々言葉にして残せる、ということと、そのテーマについて見解を持っている人と懇々と語れる(コメント欄で)、という2点が、ブログの素晴らしい点です。
いわゆるSNS的な、1,2行の短文だけのやりとり(ヘタすると「いいね!」だけ)はどうも性格に合わないですよね。
信用できる人間かは不明ながら、正直な、真摯な気持ちで毎回書いてます。
こちらこそ今後とも是非ともご贔屓に・・・・。

>あっ、最近はまたどっぷり明菜漬けの日々です。

まあっ、そうですか。
でも私も、尾崎のライブ映像がどんなに素晴らしいと言えど、やっぱり明菜のEASTには勝てないかもです。あれはライブ映像の金字塔ですっ。

それと、査定(中古車じゃなくて、私の仕事の査定)の件も、慰めていただいて
ありがとうごさいます。やっぱりお優しい・・・。
もう、しょうがないですね。どこか達観して「仕事は仕事。賃金をもらっているだけ。
命かけてるわけじゃない」くらい思いながら働こうと思っています。会社の査定が私の真の能力や人間性を表わしているわけではない。
ま、でも忌々しいです。モチベーションは落ちましたね・・・・・。

>不運は今年限りという事で、初詣には「大吉」のおみくじでも当てましょう。

ありがとうございます。そうですね!前向きにね!!!
おみくじ箱の中に「大吉」しか入れてない神社ってないかな??
これ以上落ち込みたくない!(笑)
by milk_tea (2015-12-07 22:39) 

SHINYA

milk_teaさん、こんにちは。
アランブラの記事にコメントさせていただいた者です。
また来てしまいました。(^^ゞ
と、いうのも、埋め込みのYouTube動画なんですが、5年半くらい前、僕も全く同じ動画を埋め込んで日記を書いたことがありまして、それに驚いたまま記事を読ませていただき、、、只今コタツに入りながらコメントを書いているという状況です。
ま、僕の記事はmilk_teaさんのように尾崎さん本人や、世相などを考察するものではなく、単にこの曲のイメージとその時の自分の気持ちがリンクしました的な単純なものですけど、、、。

by SHINYA (2015-12-14 13:18) 

milk_tea

SHINYAさん、再訪いただきありがとうございます!
いつぞやはアルハンブラのほうで取っときの思い出話、ありがとうございました。

>5年半くらい前、僕も全く同じ動画を埋め込んで

見ました見ましたーー。リンクもつけていただいて助かります。
ホント奇遇ですね!よっぽど私たち感性が似ているんでしょうか?
でもこの曲は、北海道の広大な大地にじんわり馴染みそうですね。
こんなのが旅の空で突然ラジオから流れてきたら泣きそうになるかもしれません。

で、この「僕僕(ってファンは呼んでるらしい)」、色々YouTubeで追いかけましたが、バンドでフル演奏するよりこのギター1本バージョンがはるかに良いです。
彼の声はパワフルで表情豊かだから、バックの演奏が余計な事しないほうが歌が活きるんでしょうね。
死後23年も経っているのに、今さらながら「一度ライブに行ってみたかった」って
すごく後悔しています。でも当時は全く興味が無かったからしょうがないですね・・・。
気付くのが遅すぎました(笑)

>只今コタツに入りながらコメントを書いているという状況です。

コタツ・・・・・・・・・
私の場合、「堕落へのダイブ」になりますから、絶対コタツは使いません。
入ったが最後、そこでカップラーメン食べ、みかんを2-3個食べ、テレビを見ながらそのまま寝て、途中、電熱器が熱すぎて角の方に身体を逃がし、それでもなお寝て、夜中3時頃、だるさと共に目を覚ますとその時にはすでにすっかり体調が悪くなっている、というお決まりの転落パターンが待っています。麻薬と同じぐらい「ダメ!ゼッタイ!」です。
ま、それはそれとして、平日の日中にコタツでネットサーフィン(これもう死語?)、
いいな~。夢の生活ですね・・・・。
すみません、なぜか「コタツ」ネタで長々語ってしまいました・・・。

SHINYAさんは筋トレフリークなのですね?
アルハンブラ宮殿に向かい赤いダッフルコートで歩き回っていた姿からは別人みたい!でも常にアクティブであることは変わらないようで。
by milk_tea (2015-12-14 22:48) 

SHINYA

同感です!何がって、、、。

僕僕を貼り付けようとYouTube内を探し回ってみると、レコード収録版、バックバンド版、弾き語り版などいくつかありましたが、やはり断然弾き語り版がよかった、、というかハートに沁みました。

当初はこの僕僕とは別バージョンの弾き語りライブバージョンがあり、それを貼り付けていましたが、すぐに削除されてしまい、慌ててこのバージョンに変えた次第です。

その後は、この動画はおそらく収益化設定をしていなからだと思いますが、現在まで生き残っていますね。

ともかくギター一本の弾き語りがいいということについて、まったく同感です。

そんな訳で、コタツでリンゴを食べながら失礼いたします。
by SHINYA (2015-12-15 19:56) 

milk_tea

再びどうもです。

>同感です!何がって、、、。

こういう文章の始め方、いいですよね。オノヨーコの芸術展で、まず入口に立て掛けられたハシゴに上っていくと、天井に小さく「yes」って書いてあった…という作りに似ています。まず何より最初に"受け入れる"ことから。心がほっこりするというか。勉強になります(笑)

>僕僕を貼り付けようとYouTube内を探し回ってみると、レコード収録版、バックバンド版、弾き語り版などいくつかありましたが、やはり断然弾き語り版がよかった、、というかハートに沁みました。

ですよね~。絶対にそうでした。沁み具合が全然ちがいますね。
こうして当然のように「僕僕」と呼び合っていると、昔から尾崎ファンな気がしてまいりましたね(笑)

>現在まで生き残っていますね。

ほんとですね。220万回再生!これが最高位ぐらいかと思ったら、同じ87年の有明コロシアムで「15の夜」を歌ってる映像は360万回再生でした。
うわー、あと88年の東京ドームでの「シェリー」は570万回でした!
しかし、こういう映像が簡単に拝めるなんて、YouTubeって本当に偉大ですね。

関係ないけどSHINYAさん、
https://www.youtube.com/watch?v=vfDH9uTM9aU
これ、亡くなった尾崎には申し訳ないけど、笑ってしまいました。しゃべり方もそっくりです。コタツでリンゴ食べながら見てみてください。
本当のファンはこういうの見たら怒るのでしょうが、大笑いしちゃってる私はまだまだ尾崎への帰依が足りないかもしれません・・・。精進します。 (でもこの芸人さん、もう見なくなりました。尾崎ファンに消されてしまったのか・・・?)
by milk_tea (2015-12-15 22:44) 

SHINYA

動画、見ました!    じっくりと、、    笑いました、、

この芸人さん、見たことあるような、ないような、、、
最近は全く見ませんね。

誰かに干されたのか、実力不足だったのか、、、、、
多分、後者かな~、、。


YouTubeって、昔々見た、今では記憶の断片にまばらに散らかっているような映像でも、無理くり検索していくと、ほとんど必ず見つけられるような気がします。

それでもって、例えば子供のころ思い込んでいた歌詞の意味が、実は全然違っていた事に気が付いたりします。

巨人の星のOPの歌いだし「♪思い込んだ~ら」を「重いコンダーラ」だと思っていました。映像では野球部員が、グランド整備のためか、足腰の鍛錬のためか、重そうなローラー引っ張っていましたので、ローラーのことをコンダーラというのかなと、、、(^^ゞ

キャンディーキャンディーのOP序盤「♪お・き・に・い・り」を「大っきいニーリ」と、、。
ニーリという名の背の大きい登場人物がいるんだなと、、、(^^ゞ


僕も最近YouTubeに動画投稿をしていますが、作ってみると動画制作ってとっても手間暇のかかるものだと再認識しました。でも、楽しくて徐々にライフワークになりつつあります。

大っきいニーリが、重いコンダーラを引っ張ているような、楽しい?動画を作りたいもんです。


結果、尾崎さんとは全く関係ない話になってしまい、大変失礼いたしました。
by SHINYA (2015-12-16 10:40) 

V.J.

ひっさしぶり~♪
RSSリーダーなんてもう見ないから削除しようと思って開いたらUPされてたんで慌ててきたよ!

>ジャニーズの誰それがカッコイイとか、韓流スターがイケメンだとか言って喜んでいる人の気が知れない。尾崎を見ろっ!こんな気骨があってマジメで純粋で才能があって、しかもここまで正統派の美男子なんか、他にそうそう居ないぞ!

そんな姐ェの気がしれん(笑)
どっちにも興味が無い人間からは、さすがに目くそ鼻くそ。
査定で反社会的気分になる「青さ」
が、尾崎に付け入られる(素養)があったって事かな(笑)

んで、長々読んでみたけど、結局音楽的な詩的な分析を試みながらも放り出してルックスがスキなだけぢゃん(苦笑)
それはそれで、哀しい位の性を感じてとっても好きです☆
いろんな理屈を並べている時に、四の五の言わさずイケメンに壁ドンされただけで腰が砕けちゃいそうなモロさが愛おしいです。

それはともかく、演じるなら、綾野剛がいいなぁ。
胡散臭いながらも、キチの目を演じられそうで。

僕の尾崎との出会いは17歳の地図の出た時17(正確には16)歳でした。
盗んだバイクに乗って校舎の窓叩き割ってこの支配から卒業したいとはただの一度も思わなかったし、周りで大騒ぎしていた時も、卒業のPVだと思うけど、なんか溺れてるやつを観て、うさんくせ…と鼻白む思いで斜めに観ていた口です。
それ以上に、伝説の?なんかどっかの民放でやったライブで、ライトを浴びてシルエットだけになって教祖よろしく両手を拡げて、俺について来い的な事ゆってる姿を見て、完璧に拒絶反応を起こし、もうそのあとはつばを飛ばして何を歌ってもどこの隙間にも入って来ませんでした。

演劇的要素
シャーマニスティックな自己演出
に身を委ねればそれはそれで、アングラ演劇を見るのと同じスタンスで楽しめるかも…10000歩位譲ってますが。

んでんで、自分をマーケティングできる人はきっと、生きていても出て来なくなるよ。
姐ェが好きそうなちあきなおみみたくさ。
ちあきなおみは違う理由なんだろうけどね。

久しぶりなのになんか否定的な事ばっか書いてごめんね。
これは全然共感できなかったです(ごめん)

by V.J. (2015-12-16 19:57) 

milk_tea

ずいぶんしばらくぶりだなあ~V.J.さんだ~…と思ったのも束の間、
この、ただでさえ凹み切ってる私の心の傷口に粗塩をすり込むようなコメント、ども
ありがとうございます( -_-)
因幡の白うさぎ並みに塩が沁みて、個々のくだりにコメントを返すまでのパワーが
なくてすみません・・・。

昔は好きでもなかったような事が、年月を経て「あれ?」という感じで何故かしら
今の気分にハマった瞬間をちょっと喜んだっていいじゃありませんか。
というか、V.J.さんのその強い抵抗感の表し方、フイと攻撃的になる所、私には
もはや尾崎豊に重なって見えています。尖り方が似てる・・・。
それと、
キャ~キャ~♪言ったり、言葉を尽くして論じてみたり、という自分なりに硬軟取り混ぜて文章をつくってるところもあるんで、そこが伝わらなかったとしたら自分の筆力の問題とも言えると思います。
ただ、こんなコアなアーティストの事を書いて、やはりというかコメントもあまり来ないので、コメントを書いていただけただけでもとてもありがたく、そこはお礼申し上げます。

そんなダメなアーティストか?と思って再度聴き直してみたけど、やっぱりけっこう(いや、すごく)良かった。サンタナみたいなもので、8割以上の曲は嘘でしょ?っていうくらい駄曲なのが特徴的ですが。
こうなったら三日坊主にならず(なりそうだったけど)、尾崎ファン続けます・・・。
by milk_tea (2015-12-19 02:29) 

青いりぼん

初めましてこんにちわ。ひょんなことからブックマークしてよく見ています。
今回こちらの尾崎豊論を読んで、私も少しYouTubeを見てみたところ、振り絞るみたいに「シェリー」を歌っている映像に突き当たりました。
今まで私も気付きませんでしたが、これは「いとしのエリー」よろしく、シェリーという女性に対するラブソングでも何でもなくって、相手はシェリーだけど、ただただ自分の思い、自分の悩み、自分の苦しみをシェリーさんに向かって叫んでいるだけなんですね。
全くラブソングじゃないんである意味衝撃を受けました。奥さん、繁美さんだから、シゲミ=シェリーかな、ぐらい思っていた自分が甘かった(苦笑)。つーか、おそらく夫人に出会うよりはるかに前でしたね、この曲が作られたのは。
だから何?っていう話なんですが、結局とことん苦しんでいるばっかりだったのかなって。この人は。
by 青いりぼん (2016-01-11 00:37) 

milk_tea

青いりぼんさん、初めまして。よく見て頂いているとの事、ありがとうございます。

>相手はシェリーだけど、ただただ自分の思い、自分の悩み、自分の苦しみをシェリーさんに向かって叫んでいるだけなんですね。

そうですね。改めて歌詞を追いましたが、本当にそうでした。
「シェリー」とは、恋人ではないのかもしれませんね。自分を押し上げてくれたプロデューサーかもしれないし。もしかしたらお母さんとか。ちがうか。
いずれにしろ、青いりぼんさんのおっしゃるとおり、それが誰であれ、ただその人に向かって自分の心の葛藤をぶつけて「俺はこれでいいのか?」を問うているだけなんですね。

これって、考えようによっては「自分のことしか見えていない狭量な人間」という捉え方も出来ますが、今のJ-POPが常に他との関係性ばかりを歌っている事(いつもそばにいるよ、とか、君がいてくれたから、とか、友情とか絆とか感謝とか。)と、完全に対極にあることに気付きました。
一見、後者のほうが人間が出来ている(=他者の事を思いやる心の広さ、心の余裕がある)ようだけど、本当にそうなのかなあという気がしています。
いつからJ-POPは(いや、社会は、かな・・・)他者との関係性のことに終始するようになったんでしょうね。「キミがいてくれてありがとう」とか言う前に、もっと孤独に自分自身を見つめて、自分ひとりで何とか問題を解決していかなくちゃいけないのかもしれないです。
そういう意味では、最初から最後まで自分の在り方、社会との関わり方に悩み続けた尾崎豊はかくも特異な存在だったし、実は逆にとても強かったのかもしれないと思います。(他者におもねて生きるほうがラク、という意味で)

言われてみて、改めて気がつきましたけど、彼のつくった歌詞には見事に「ありがとう」とか「キミがいるから強くなれた」みたいなイマドキの言葉は一切出てこないですね。どこまでも「俺はどうしたらいいんだーー俺はこれでいいのかーー」って自分とトコトン対峙して転げ回っている。こりゃあ長生きできるわけがないですね・・・・。
(でも、そんな不器用さが好きだなあ!←まだ尾崎熱、続いてますよ)

青いりぼんさん、面白い視点を語っていただきありがとうございました。
この辺のくだり、本文に入れればよかったなあ!
(しばらくしたら、シレッと本文に乗っかっていたら、お許しください(笑))
by milk_tea (2016-01-11 17:33) 

aoi

はじめまして。
8割が駄曲なんですか?
そうですかねえ・・・
私は洋楽メインで60年音楽ファンですが、尾崎豊だけは日本で別格だと思いましたよ。
「歌」とはなんぞや?という根源的なところで、彼の「歌」は魂であり、生死にかかわるそら恐ろしいほどの「祈り」だと感じました。半端ないなあと驚きました。
精神そのものというか。
そんな歌、曲、詩、歌唱、なかなかないですよ。

易々と“駄曲”だなんて表現、言えません。私は。
by aoi (2016-02-20 19:38) 

milk_tea

aoiさん、どうも初めまして。コメント書いていただきどうもありがとうございます。

>8割が駄曲なんですか?

そうですね、そこはもちろん主観に過ぎないわけですが、彼の7-8年ほどの楽曲制作期間で、少なくとも後半の作品群はクオリティとしては相当低いと感じます。
アルバム1枚目で彼のクリエイティビティの7割は使い果たされ、そこから2枚ぐらいであとはほとんど枯渇したという印象です。

あの天才メロディメーカーのポール・マッカートニーですらも、これまた主観に過ぎないですが近年出された数枚は、とても2度聴けるものではないです。
(1,2曲はキャッチィな作品が必ず含まれていますが、それ以外はひどい)

もちろん尾崎の音楽とずっと寄り添ってきた人は「全ての曲が宝石のように貴重」と思うのでしょうが、そこは例えるなら、お母さんの作ったご飯が世界で一番美味しい!といった感覚と同じであり、私はそうではなく「音楽」というもの自分なりに俯瞰した見方で星をつけようとしているのでお許しください。

もっとも、彼が亡くなった直後に出たアルバムなど、本来であればもっともっと伝説的な扱いを受けてもいい(直前に亡くなったお母さんを唄った曲などもあるのだし)はずなのに、話題性で枚数こそ売れたけれど、一般に語り継がれる・歌い継がれている曲が1つもないというところからも、「そこはシビアに評価する」大衆的な目は確かにあると思います。

"生死にかかわるそら恐ろしいほどの「祈り」" というaoiさんの表現は素晴らしく、尾崎の音楽というのは、まさにそれだよなーーとすごく納得しました。
ただそれはそれとして、楽曲の出来としたらどうなのか、という冷たい見方をする、あまりににわかファンの私をお許しくださいませ・・・。
(にわかファンというけれど、3ヶ月で相当キャッチアップしています!膨大な映像と音源と文献を手にしましたよ!実は第2弾を書きたいぐらいなんですが、尾崎豊に今、時代の汎用性が薄れているのか、アクセスもあまり伸びないのでやめておきました^^;)

そうそう、長くなりましたが、
先日たまたま友人と暇つぶしにカラオケに行った際、「僕が僕であるために」を歌ってみたら(初めて歌ったので妙に照れつつ)、歌い終わったら友人が、「びっくりするほど、ありきたりなコード進行の歌だね~」と一言、言いました。
私は今これを、何より名曲!!と思っているんで、その言葉にかなり衝撃を受けたのですが、「確かにそうだ。超・王道のカノンコード進行の曲だった・・・」 と気付きました。
でも私には揺るぎなく名曲です。
このように曲の価値の置き方というのは人それぞれなのかもしれません。
(長々失礼しました。)

(上記コメント、本日間違えて消してしまいましたので、再度アップしました)
by milk_tea (2016-03-10 00:39) 

milk_tea

milk_teaです。
今日、ここに戴いていたコメントを2つほどうっかり削除してしまいました。
1つは幸い「戻る」で文章を復活できたのですが、もう1つは消えてしまいました。まだ私がお返事を書いていない、新しいコメントだったと思います。
MARK?ナントカさんとかいうお名前だったと思います。
大変お手数ですが、書いたコメントが消えていると思われた方、再度入れていただけないでしょうか。申し訳ございません。
by milk_tea (2016-03-10 00:44) 

貴徳 西嶋

チャーのことを検索していたらあなたのwebにたどり着きました。
若い頃、エレキギターを買ってどうしたらギターが上手く弾けるんだろうと暗中模索の末挫折しまして、今yuutubeでチャーが、ブルーノートスケール1つでいいんだよと言っていたのが、目から鱗です。

応援していますから、これからもupお願いします。

by 貴徳 西嶋 (2016-06-06 19:58) 

milk_tea

西嶋さま、返信遅くなり失礼いたしました。
当ブログにお立ち寄りいただきありがとうございます!
Youtube色々拝見しました。すごい!個性的!
著作権の切れた曲を弾いてアップする、ってスゴイ取組みですね。
あんなロックな童謡や唱歌はあまり聴いた事ないです。感服いたしました。
by milk_tea (2016-06-14 13:13) 

西嶋貴徳

返信ありがとうございます。
本当なら、尾崎豊のコメントをしなくてはいけないのにCharのコメントをしまして失礼しました。
それでは尾崎豊のコメントをしますね。

今の時代は、みんな商業ロックばかりで本物のロックンローラーがいないと思います。
パッと思いつくのが、尾崎豊ぐらいで他に真のロックンローラーがいるでしょうか?
やっぱりロックの基本は、エレキギターの大音量でうるさくて、そして不満をぶっつける悩めるシンガーソングライターではないかと思います。

「バカヤロー!」って。 「盗んだバイクで~♪」って。

よく彼の声は、悲しい感じがするって言われますけれど、あんな死に方をしたからよけいにそんな感じがしますけど、それにしてもロックシンガーにしては繊細できれいな声だと思います。

繊細で、真剣で、まっすぐに進まれたからあのような人生を送られたのでしょうか、残念ですね。

それにしても、milkさんの音楽に対する耳はすごいと思います。
やはり音楽を聴いての感受性がすごくて、それを文章にする表現力がさらにすごくて、そして分かりやすいのでmilkさんのブログで学ばされるものはたくさんあります。

また、Charのコメントもしますね^^。



by 西嶋貴徳 (2016-06-20 18:28) 

ohhmaa

はじめまして。
この間、尾崎裕哉が
父の歌を歌っていて、尾崎豊かとかぶってしまい、、
被せたのかもしれませんが、、
世代が全く違い、
尾崎が、亡くなったとき五年生だったみたいで、逆算して、、
あまり、知らず
でも、名曲数局は口ずさめます
不倫も知らず息子さんの事も知らずでした。
色々ググってみたら、益々魅力にとりつかれ、ドラマ化されたドラマも観ました
ググった感じとは違うどちらが本当かは分かりませんが美化された終わりのように、見えました。
色々観てるうちにブログにたどり着きました、
凄く共感でき、
まさに、なんで今?
なんです。あたし的にも、子育てに追われでる自分に
もの凄く染みて、いまは取り憑かれてます。
声にも歌唱力にも歌詞にもルックスにも当時同年代だったら、後追いしていたかも?なんて、、
現実逃避しています。
ブログに共感して思わずコメントしました
by ohhmaa (2016-07-18 06:38) 

milk_tea

ohhmaaさん、はじめまして!こんにちは。
何日間かブログをチェックしていなかったので気付くのが遅れてしまいすみません。
最新記事にコメントがつくのはやっぱり嬉しいです!ありがとうございます♪

>この間、尾崎裕哉が父の歌を歌っていて、尾崎豊かとかぶってしまい、、

FNS歌謡祭ですよね!あの日、長い時間ダラダラとやっていたので私はそのシーンを見落としてしまい、あとでyahooニュースで話題になっているのを知って、そこからYoutubeで見ました。2曲も歌ってたんですよね~。ビックリしましたね。

>尾崎が、亡くなったとき五年生だったみたいで、逆算して、、あまり、知らず

そうか~、じゃあ私よりだいぶ年下さんですね!(楽勝で一回り以上)
5年生といったら、まだ外で缶蹴りとかやってる年代ですもんね(笑)そりゃあ、尾崎が覚醒剤で捕まったとか斉藤由貴と付き合っていたとか、理解できるわけもない。
という私も、尾崎が結婚して息子がいたことは、亡くなるまで知らなかったですが。

>ドラマ化されたドラマも観ました
>美化された終わりのように、見えました。

私もあれはYoutubeで見ました。成宮寛貴のやつですね。(本文にもそのこと書いたような)あれは、あまり出来が良くないです。やはり成宮寛貴では線が細すぎるというか甘すぎるというか、尾崎の真の魅力や本質には少しも迫れていなかった気がしますね。あのドラマがさほど話題にならなかったのも仕方ないと思います。

>色々観てるうちにブログにたどり着きました、凄く共感でき、まさに、なんで今?なんです。あたし的にも、子育てに追われでる自分にもの凄く染みて、いまは取り憑かれてます。

まぁ~最高ですねぇ~♪♪ 嬉しい!お仲間です!!
「なんで今なの、私!」って感じでしょう。私は記事に書いたとおり、12月の頭にハマって、2月いっぱいぐらいまでずっと尾崎漬けでしたね。(さすがにそのくらいでいったん落ち着きました(笑))

>声にも歌唱力にも歌詞にもルックスにも当時同年代だったら、後追いしていたかも?なんて、、現実逃避しています。

わかります~。それに、完全に時を止めてしまった彼の若さが現在の(どんどん年齢を重ねていく)自分と対比的に重なって、回帰的な感情を伴った憧れというんですかね。私はもうこの蒼さには戻れない、みたいな。

尾崎の名のつくYoutube映像はほとんど全部見尽くしましたね。もう何でも聞いて、という感じ。(笑) 尾崎裕哉の映像も色々見ましたよ。
この前のFNSでもそうでしたが、私の感想としては、お父さんの曲を歌っている時よりも、自分のオリジナルを歌っている彼のほうが魅力的に見えました。
FNSでは「I Love You」を歌っていましたが、少しだけ尾崎と違う譜割りで歌っているのが個人的には少し気になりました。
父親の曲を息子がなぞる時、どのくらいの再現性を目指すかって非常に難しい問題ですよね。声質が似ているからと、全く同じように歌ったらただのモノマネに過ぎないし、かといって勝手に歌の解釈を変えることは、いくら息子といえども許されない気もするし。
その距離感の取り方への戸惑いがちょっと見えた気がした。
なので、自分のオリジナルを歌っている時のほうが自由でラクそうに見えました。

伝説となってしまった父親の影は出来るだけ追わないで生きていく方がきっといいに違いないですが、どうしたって「尾崎の息子」って言われてしまうだろうし、尾崎の息子だからこそ得られる仕事も多いのだろうし。きっと彼には、我々には想像もつかない心の葛藤があることでしょうね。

ohhmaaさんは子育て真っ最中とのこと。大変ですね!忙しい毎日、爽やかで時に暑苦しい(?)尾崎サウンドでリフレッシュしてください。
ohhmaaさんと、尾崎の映像を一緒に見ながらお酒でも呑みたいなぁ~♪
by milk_tea (2016-07-20 22:37) 

きたのひと

先日REBECCAの方で、久々にコメントさせていただいたきたのひとです。尾崎豊のオリジナルアルバムは確かに、前期3枚で才能が枯渇したと感じる人が多いようで、大学生の時東京にいて尾崎が亡くなった1992年頃は私もそう感じてましたが、40代になった今では後期三枚の曲の方が好きになりました。斉藤和義がカバーしてた「闇の告白」とか。
既に見られたかもしれませんが、尾崎豊と南野陽子は仲良かったんですね。唯一のテレビ生出演時は、中森明菜が真っ先に立ち上がって拍手してます。
https://www.youtube.com/watch?v=xF3TSafSuFc
https://www.youtube.com/watch?v=zDz1azeSSEI
by きたのひと (2016-08-01 23:45) 

milk_tea

きたのひとさん、こちらにもコメントありがとうございます。

>40代になった今では後期三枚の曲の方が好きになりました。

そうなんですか。
でもそういうのって・・・サクマの缶のドロップに例えると、どう考えてもイチゴ味やメロン味のドロップが美味しいのだけど、さんざんそういうカラフルで甘い香りのを食べたあと、最後に缶の底にくっついていた白いドロップをしょうがなく口に入れたら「あれっ、白は白で意外と旨いな!サッパリしてて後味がいいや」なんて、予想外に美味しく感じたりする・・・・そんな感じに似ているのではないでしょうか。どう考えたってイチゴやメロン味のほうが美味しいですよ。白いのだってもちろん、味わって食べたらそれなりに美味しいでしょうけどね?(この例え話がどれだけ説得力があるかは分からない。)

ただ、尾崎裕哉(息子)も「売れなかった曲の方が名曲がある」と言っていますよね。
(でも私はそれさえも、白いドロップの法則ではないかと思ってます。)

尾崎豊の音楽はロックだというけれど、私にはフォークとしか思えない。
後期の作品群などは特に、どれもフォーク的なアプローチだと感じました。
紡ぎ出された言葉はどれも、のた打ち回るような苦悩の末に搾り出されたもので、あの鉛のような重さはもはやロックじゃないです。

で、紹介いただいた2つの映像!

>尾崎豊と南野陽子は仲良かったんですね。

私、この南野陽子の談話は前に活字で読みました。映像で見たのは初めてです。こんなふうに語っていたんですねえ。南野陽子も、可愛い顔をしているけど業界ではだいぶアウトローだったらしいですよね。アイドルらしからぬ自分の意見を強く持っていて。
そんなところもお互いに共感を持てていたんでしょうね。

また、この特集番組の中で尾崎が「さだまさしが好きだった」と言っていて、「やっぱりフォークの人だったんだな」と思いました。しかし、13歳で無縁坂、うまく歌っていますねぇ~。貴重なテープですね。
ここで、白井貴子が言っている「(尾崎は)大人になってからの自分のビジョンをついに最後まで描けなかったのだろう」という言葉は重いですね。

あともうひとつ紹介いただいた、逮捕後に初めて夜のヒットスタジオに出た映像は私もすでに何十回も見ていますが、明菜が真っ先に立っているなんて全く気がついてなかったです。かなり後方なのに誰がそこに最初に気付いたんでしょうね。目を凝らして見てみると確かに明菜が真っ先にスタンディングオベーションしてる!ビックリ。

彼女もまた南野陽子と一緒で「仲間とうまくやれない、はぐれ者同士の共感」なのでしょうね。
そういえば、尾崎と付き合っていた斉藤由貴も相当変わっていたらしいからなあ。
私が大学生の時に横浜VIVREでバイトしていた際、斉藤由貴が売り場に買い物に来たので、バイトの同僚が「サインください!」と言ったら、ニコリともせずに「いやです」って答えているのを横で見ていたことを思い出しました。「こんな無愛想なアイドルっているのか」ってかなりビックリしたものです。
あれからもう30年近くが経ったというのに、尾崎だけは永遠に若いまま。
何かずるいな、という気もします。

by milk_tea (2016-08-03 23:05) 

人力飛行機

 はじめまして。映画『let it be』で検索してるうちに辿りつきました。あの映画は僕のビートルズへの接し方、惹かれ方を、ディープな芸術家集団、という角度を決定づけた映画で、中学3年でしたけど未だにインパクトが薄れない映画です。この映画、最近Sgt.っていうブートのメーカーから出たDVDで、Appleがおそらく発売を予定して1992年にクリーンな画像とステレオ音で完成させたものが出回っている、って知ってました?視たけど感激ものでしたよ♪下に紹介文です。

http://www.nexttime.jp/product/7137?

 で、尾崎の記事読ませていただいて。「この三日で急激にファンになった。でもyoutube視て相当進歩している」にはこの時期に急激に、ていうのが新鮮で、感心してました。たしかに相当進んでいるのが文面から伝わって。
 
 ラストアルバム『放熱の証』には「?だった」というのはまったく同じです。しかし後期の曲でも『街路樹』のアルバムタイトル「街路樹」や有明コロシアムのOPだった「LIFE」、覚醒剤逮捕後シングル「太陽の破片」は感動しました。『誕生』では「永遠の胸」「ロザーナ」「LOVE WAY」も聴かせるものを感じました。最後のアルバムだけはどっか散漫に感じましたが上記の2枚は前期の作品とは違ったテイストはたしかに出てはいたし聴かせる曲はあったな、と感じています。

 あと、上記HPでは尾崎のことやビートルズのことについて自分なりに突っ込んだことを書いています。尾崎のことでは、彼の良く分からない最期の死に方について僕の解釈を尾崎のプロデューサーだった須藤晃さんに聴いてもらったりしています。上記HP(論点 尾崎豊論)に内容は書いてあります。尾崎についてもビートルズについてもmilk-teaさんとは同じ意見ではないと思います。僕なりのアプローチですが良かったら覗いてみてください。
by 人力飛行機 (2016-11-10 22:16) 

人力飛行機

 訂正です。上の書き込みで「上記HPに書いてあります」とありますが、正しくは「下記HP」ですね。「by 人力飛行機」をクリックして下さい、ですから。

 また気が付いた時に書かせてもらいます。宜しくです。
by 人力飛行機 (2016-11-10 22:30) 

人力飛行機

 あと前レスでの「白いドロップの法則」。面白いし的を得ているのかとも思えるところはありますけど。散々或る水準の曲を聴いた後にだから他の曲が良いと思える・・・。自分の場合で言うとそれはないと思いますね。当初ピンと来ないものでも時間がたって良さが分かるときも曲によってあるけども。尾崎のに限っては印象は全体として変わらない。

 元々前期から彼は自問自答をする、自分で答えを希求する人だし、10代が終わり学校とさよならし、社会的に有名人になり発言権も持ち、満たされるものが出てきた。そこで主題的に後期は内省の傾向が強まったと思います。自分の後を追ってくる若者の姿も目に入るようになったことで。

 元々僕は尾崎へは言葉から接近した人間で。「卒業」とかが作られたイメージに思えて敬遠してたんです。「こういう売り出し方もあるな」くらいの。それが変わったのは彼の第一創作集の『誰かのクラクション』というのがあるんだけど、そこで書かれた内面世界の感性と瑞々しさに感心して、そこで改めて彼の曲も聴いてみる気になった。そうして聴き始めたので、曲先行ではないのです。
 元々彼は内省的だったというのは2012年に出た創作ノートで分かります。膨大な言葉を書き連ねて、そこから歌詞を作っていた。前期の学校や大人社会への抗議も、彼の中の問いかけの一つに過ぎなかった、という見方を徐々に僕はするようになりました。

 彼が何だったかというのはまだ答えは出ていないしこれから考えていく問題だと思っています。
by 人力飛行機 (2016-11-11 04:10) 

人力飛行機

 初期の曲以外にも、というところで言い忘れた曲。最初のブレイクの最中に突然ニューヨークに彼は行っちゃって。で日本に帰国した直後1987年に出たシングルで「核 core」ってあった。この曲、実は新曲ではなくて最初のブレイク渦中の「1984年に作られていた」とwikipediaにはあったけど。

 この曲聴くと、尾崎のセンスの良さに気がつくんです。タイトルだけだといかにも反核を歌ったように聴こえるけども、実は「小さな叫びの聴こえないこの世界で反戦・反核とか歌ったところで、一体何になる。俺は一人で震えている」と、反戦・反核がスローガンになって、結果、小さな声がかき消されていくことへの疑問が歌われている。何に向けて抗議すればいいのかも定かでない、問題視したくても言葉にならないもどかしさが振り絞るような叫びのヴォーカルになってる。これはありきたりの反核ソングじゃない。それでこれも昔聴いて感心したことがあります。

 反戦・反核とかいうといかにも、という感じが有るけど、彼の場合、より根本的に、スローガン化して元々の「声にならない声」を聴きとることが忘れられていくことへの危惧が歌われている。そこで歌われるこの曲も亦、初期の曲ほどは評価はされてないでしょうが、優れたパフォーマンスには違いないと思いました。「抱きしめて」「愛してる」「抱きしめていたい。それだけなのに」とただそれだけがシンプルな夢だけが自分の満たされない希望なんだと歌うサビも良いと思いました。これこそが自分の「小さな叫び」なんだと言いたげで。これもまた彼がただモノじゃないことが聴きとれる作品だと思います。
by 人力飛行機 (2016-11-13 03:50) 

milk_tea

人力飛行機さん、はじめまして。色々書いていただいたにもかかわらず、しばらくレスできず失礼いたしました。

>あの映画は僕のビートルズへの接し方、惹かれ方を、ディープな芸術家集団、という角度を決定づけた映画

私も全く同じ感じです。あの映画は私が小学生の頃、年に1度くらい(大晦日とかだったかも)深夜にテレビでやっていて、カセットテープに音を録って何度も何度も聴きましたが、それまでただの楽曲としてはビートルズをさんざん聴いていたけれど、映画のインパクトは自分の中で凄かったです。あの映画で、大人の世界のドライさ、冷たさみたいなものを感じ取った気がします。

で、人力飛行機さんの問いかけは非常にタイムリーでした。なぜなら、ほんの1週間前、映画Let it be のDVD、買ったんです!なんと!
今までは人からもらったビデオテープで見てましたが(ブログ書いたのもそれを見ながら。)ついにディスクでGETです。

改めてこれを見て、知らないシーンがいくつかあって驚きました。
私はもうこの映画に関しては、音声でバカじゃないかというくらい聴き倒したので、動画で見ていても「あ、ここ知らない」っていうのがすぐ分かる。4人がしゃべっているシーンばかりでなく、歌のところでも私の知っているものより歌の部分が長かったり。
ジョンとポールの、見たことのない雑談シーンはちょっと感動しました。
ほんと、数年ぶりにこの映画を見て色々改めて感じたことがあります。またブログに書いちゃおうかな(笑)

ところで、人力飛行機さんのHP?を拝見しましたが、私とはアカデミックさの度合いが違い(まず、漢字比率が倍ぐらい違う)IQが明らかに高い文章です。こちらは感覚のみの書きなぐりで本当にお恥ずかしいばかり。
尾崎豊については、人力さんのような真のファンにかかっては、私の見解なんてアホみたいだと思います、ほんとすみません^^;
(先に謝っておく。)

>しかし後期の曲でも『街路樹』のアルバムタイトル「街路樹」や有明コロシアムのOPだった「LIFE」、覚醒剤逮捕後シングル「太陽の破片」は感動しました。

もちろん、尾崎豊をきちんと定点観測してきた人にとってはそうにちがいないと思います。太陽の破片は、1度だけ出演した夜のヒットスタジオで歌ってましたね。

しかし私が上のコメントで説いて(?)いる白いドロップの法則はやっぱり「真」だと今も思いますね。確かに「サクマのドロップ」ファンの人はイチゴもメロンもシロもどれも同格の価値に思ってると思うのです。しかしもっと冷静に「飴」を俯瞰的に捉えて食べ比べをしている人にとっては「イチゴよりシロのほうが旨いって?んなわけない」なんですよね~
ドロップはまあ置いておくとして、一般大衆っていうのは無知で移り気なものですが、それでもやっぱり大きなひとつの塊としては「良いもの」を見分ける力を持っている。あんなドラマティックでセンセーショナルな亡くなり方をしたにもかかわらず、後半の数枚はほとんど話題にもならなかったのはよっぽどのことでは。(ある程度は売れたでしょうが)前半の3枚がキャッチィ過ぎたこともありますが、それにしても。

・・・と、つらつら書いてしまいましたが、ユーミンで置き換えると、私はやはり話題にあまりのぼらなかった珠玉作が好きだから、よく考えたら同じですね(笑)。真のファンは渋いところに手を伸ばすものなんだな。
大変失礼いたしました!(←あっさり)
長くなったので、取り急ぎ本日はここまで^^
by milk_tea (2016-11-13 21:01) 

人力飛行機

 お返事ありがとうございます。

 こちらからも順番にお返事します。

 『let it be』の映画は僕もTV放映された際にカセットレコーダーに繋いで録音し、聴き倒したクチです。かまやつひろしのナレーター入りのやつです。これはほんとに宝物にしてました。
 でビデオ時代になり、今度はブートビデオ買って視倒して、でDVD時代になるとブートDVD買って。それも前レス紹介したように新しい映像のが出るとまた買い直してwで持ってたものは姉の子供でロックバンドやってる若い子にあげたり。結局あの映画に相当カネ使ってますw

>あの映画で、大人の世界のドライさ、冷たさみたいなものを感じ取った気がします。

 てあるけど。僕もそれは感じたけども、当初は芸術家の自由さや虚無感や重さや不思議なオーラに惹かれてましたね。ああいういわばartistの制作姿を間近に映し出すドキュメンタリーって中々今でもない。当時中学生だった男には尚更衝撃で。
 で、しかしmilk-teaさんの書いたようなことは年を経るごとに視えてきて、ヒット曲連発するポールが指揮をとっている姿や遅れを取ってるメンバーがポールを煙たいと思っているところやね。

 で、僕のHPでもこれに似たバンドの姿をたびたびその後、指摘するようになりました。JUDY & MARY解散劇やかつてのオフコースからの鈴木康博脱退劇に。Seynの人力雑記帳ってあるんですがそこに「JUDY & MARY解散劇」あるいは「小田和正」というタイトルで書いてます。それらは映画『let it be』をどっかで参照して書いてたと自分でも思えます。

 あと尾崎豊の後期作品ですが。改めて聴き返してみると。やはりmilk-teaさんの言うことは分かるな、という風に感じました。ちょうど覚醒剤逮捕と復帰の辺りで『街路樹』発表。当時のライブがDVD化されてますが、このアルバムがぎりぎり聴ける。またライブもひたすら苦悩する姿が彼らしくて良い。しかし『誕生』とその後のライブになってくると、どっかそれまでの彼とは違う落ち着きが出てきて、作品も、彼自身が事務所を作ったり、管理する仕事をやったりする。歌う事はかつてとは違ってきて当然なんですね。そこで何を歌えばいいのかという問題が最後まであったと思えます。プラス、実生活での彼は自分の人格それ自体を持て余すようになる。妻に猜疑心を向けたり。「お前は太った方が良い。男たちが振り向かなくなる位に」と無理矢理食べさせるようなことをしていた。また外出を禁じたり。元妻が書いてる。どっか病的というか。外出がばれて殴ったこともありでもすぐに謝ってきたとか。DVなんですね。こんなこと書くと嫌いになるかもしれないけども。元妻が嘘を書いてるとか言ってるファンもいるでしょうが僕は嘘じゃないと思います。
 
 晩年はそれまでの仕事仲間へどんどんきつく当たるようになり、「今居る会社を止めて僕の会社にきてくれ」 とか。それで頷かないと今度は絶交とか。仕事仲間へも妻へも不信感で膨れ上がり、行き場をなくして孤立する。
 晩年、彼は周囲にたいし断層と不信を膨れ上がらせて、結局自分自身へまで否定的になっていった。自分自身含めたすべてに否定を向けるようになる。

 それが最後の不可解な死に方じゃないか、というのが僕の観方です。

 milk-teaさんの文章読むと、共通する話題がいくつもあるので、また書かせてもらうと思います。それでは。
by 人力飛行機 (2016-11-14 00:10) 

人力飛行機。

 補足として。

 どっか純粋さが極まった末の孤立というか。だからこそかつての仕事仲間も、困ったけども尾崎が亡くなった後になると懐かしく思い出されるという。いまだに忘れられないということになってると思います。

 彼は曖昧さを許せない人だった。人は誰でもどっか誤魔化して生きるものですから。でなきゃ生きられないし。彼はそれがなかった人だと思います。

 晩年は、この世界自体が、人であること自体が疑問になってきたのじゃないかと思っています。必然的に自分自身が攻撃対象になっていく。傷つけることで魂は生きながらえるという矛盾になった。

 それが死につながったような・・・

 また書きます。
by 人力飛行機。 (2016-11-14 05:01) 

milk_tea

人力飛行機さん、外もすっかり冬モードになってまいりました。

>元々彼は内省的だったというのは2012年に出た創作ノートで分かります。
>膨大な言葉を書き連ねて、そこから歌詞を作っていた。前期の学校や大人社会への抗議も、彼の中の問いかけの一つに過ぎなかった、という見方を徐々に僕はするようになりました。

尾崎が周囲の誰より内省的な人間だったのはおそらくそうだろうと思いますが、思春期のナイーブな時期に大学ノートにあれやこれや書き留めて、学校なんて何も教えちゃくれない、とか、俺の本当の気持ちなんて誰にも分からない、なんて世を拗ねていた中学生、高校生は吐いて捨てるほどいた(たぶん今もいる)と思う。
ただそんな中で尾崎は、そんなモヤモヤやイライラを体系的にまとめて作品として形に出来る才覚と、音楽的技量とセンス、整った容姿、あとメジャーデビューにこぎつける強運とをたまたま持っていたということだろうと。

尾崎と当時交流のあった南野陽子は「彼はごくごく普通の男の子だった」とあとで証言している。Youtubeに上がっている、息子が生まれた頃の流出ビデオなんかを見ても、びっくりするほど普通。
付け焼き刃ではありますが色々な尾崎情報を見聞きした私の結論としては「尾崎って、実はすごくまっとうで普通の人だったのかもしれない」と。初期の作品で神格化されてしまい、自分の虚像にがんじがらめになって最後は自分で追い詰まってしまったように見えます。そのくらい、後期につくられた楽曲の歌詞はどれも、何となく言葉が上滑りしているように感じる。思いのたけをガーッと勢いで書き殴ってそのまま歌にしたというより、言葉を捜して書いては消し、書いては消しして苦しんで苦しんで書き上げたという印象で、どうも技巧くさいというか。
尾崎の息子さんさえ後期作品のほうが良い、と言っているわけですから私の持っている印象は間違っているのかもしれませんが、物心ついた時には父親は居なかった息子さんよりも、時代をともにしながら尾崎の音楽を享受した一般大衆の総合評価のほうがやっぱり最終的には正しいんじゃないのかなと思ったりはしています。
(揺るがない私の「最初の3枚以外は価値なし」説。真のファンでもないのに本当にイヤなやつですね(笑))
by milk_tea (2016-11-17 23:17) 

人力飛行機

 なるほど・・・

 僕はやっぱり前書いたように、覚醒剤逮捕釈放で「太陽の破片」発表、アルバム『街路樹』発表、東京ドーム・コンサート・・・までの彼の曲やライブはいまだに良いなと感じます。痛々しいでも懸命な歌や姿や、がいまだに彼にしかないオーラと抒情と激烈さと心を感じさせる。「LIVE CORE」完全版も見て、良かったですから。その前の逮捕前の有明コロシアムのも。

 問題はその後なんですが。興味深いのが、彼はかつてあれほど気持ちを込めた歌「シェリー」にたいし、最後のツアーではアレンジに苦労し、冗長にし、どっか纏めきれない、歌いこめない姿を晒してる。これは象徴的に思えるんです。彼の中でどこかが変わったのだと思う。

 あと彼の妻が最後のコンサートについて、会場でみてて「いつもの彼と違い安心して観てられた」と書いてるわけですが。かつてあれほど激烈な否定の塊だった行き場がなかった彼が何を肯定していたのか。落ち着いていたのか。よく分からないのです。妻の言うのとは反対に、僕はあれは彼らしくないしどこに行こうとしていたのかと謎を感じますね。

 実はあの前後に個人事務所を設立し、並の芸能人らしくなるかに視えて、しかしかつての協力者を傷つけて失い、妻へも強引な独占欲で離れていく。歌手として軌道に乗せたかったが逆に自分の周囲を傷つけ、孤立無援になる。これで良かったのか分からなくなる。最終的には彼の歌にあるような全否定に向かい謎のような死を遂げる。

 どこかこの頃から迷走し出すようにも見える。『誕生』は僕は何とか聴けるけど『放熱の証』にはもう散漫さが視えて駄目です。『放熱の証』の方が、自己の中で混迷の度合いが深まっていたんじゃないかと思える。

 で前にも書いたように彼の最初の文集『誰かのクラクション』は好きです。あと彼には歌にはしていない言葉だけの詩集があって『白紙の散乱』というんですが、これも好きでしたね。尾崎がただモノじゃないことはこの2冊で分かると思います。彼にしかない世界は言葉だけでも視える。

 milk-teaさんはイケメンで透明感がありしかもこめる気持ちが凄い尾崎に惹かれたと書いてたでしょう。すごく正直な感想で良かったです。彼はとにかくカッコよかった。あんなかっこいい、透明感があってそれで気持ちのこもった歌手はそうは居ない。だから未だにファンが新しく生まれてる。これからも新しいファンに聴かれていくだろうと思いますね。
by 人力飛行機 (2016-11-18 20:28) 

milk_tea

>イケメンで透明感がありしかもこめる気持ちが凄い尾崎に惹かれたと書いてたでしょう。すごく正直な感想で良かったです。

そうですね、私の場合は結局、あれだけ鮮烈なメッセージをあんな美しく繊細な歌声と、男前なルックスで!みたいな、単純な話に過ぎないのだと思います。
あれが地味~なルックスの人だったらあそこまで売れなかったでしょうしね。
時に神はニ物も三物も与えるんですよね~。

人力飛行機さんの熱く深い考察には申し訳ないぐらい、私のレビューは浅くて^^;
で、浅いくせに分かったようなことを言うタチの悪いブログなのでどうぞお許しを。
もっと尾崎を理解し深く考察しているブログやサイトがたくさんあると思いますので、これ以上はそちらのほうでお願いできればと思います。すみません。
by milk_tea (2016-11-19 20:02) 

人力飛行機

 いえいえ(笑)こちらこそ末席汚して失礼しました。改めて尾崎について考える良い機会になりました。彼について考えるうちに迷宮に入ったみたいで疲れました(笑)。

 また気が向いたときにお邪魔します。宜しくです。
by 人力飛行機 (2016-11-19 22:44) 

milk_tea

人力飛行機さん、はい、他のアーティストでもまたピンとくるものがありましたら!
宜しくお願いいたします。
最後の記事からまもなく1年なので、そろそろ何か新しいもの書きます!
尾崎も生きていたらまもなく51才だ。
by milk_tea (2016-11-19 23:27) 

きたのひと

こんばんわ。
何回かコメントさせていただいたきたのひとです。尾崎豊が中島みゆきのオールナイト
ニッポンに出演した音声です。もう見られたかもですが。
https://youtu.be/S4a-A6FoRXQ
milk様の好みかわかりませんが、中島みゆきと吉田美和と安住紳一郎は同じ高校出身です。
by きたのひと (2016-12-04 01:04) 

milk_tea

きたのひとさん、こんにちは。またコメントいただきありがとうございます。

この映像は初めて見ましたよ。(聴きました、ですね)
何かこう、中島みゆきと尾崎豊のテンションが真逆にあって、こんなに喋らないなら何故この出演を受けたのかなあって感じですね。
テレビなら、喋らずにうつむいている佇まいもそれはそれで訴求力があるけど、ラジオとなるとそうは行かない。おそらく中島みゆきも内心、「ふざけんな、小僧!!」って思っていたと思います。そう思いながら番組を進めなければいけないみゆきさんがかなり可哀想(笑)

それにしても、みゆきさんの「私、尾崎くんは広島出身かと思ってた。なぜかな。広島って虐げられてる感があるから、それでそう思ったのかな」とかコメントしてますけど、今だったら炎上確実なセリフですね。
昔はラジオなんかは特にみんな好き勝手なこと言ってましたよね。今は迂闊なことを言うと、倖田來未の「女は35越えると羊水が腐る」発言みたいな、一発アウトになってしまう。有名人の方々も大変だなと思います。

中島みゆきのオールナイトニッポンは私は当時あまり好きじゃなかったですね。
深夜にあのハイテンションが耳にうるさい感じがしてた。ジョークのセンスもちょっと自分の好みとちがったし。欽ドン的なにおいもあって。
「♪か~ぞくのしょうぞ~~う!」とかコーナーを叫ぶ声とかが聴こえると、あわててラジオを切って布団に入ってました(笑)
この3人が同じ高校なんですか。北海道でしたよね。

そういえば、先日の11/29で尾崎豊も51才になったわけで、ブログを1年更新してないことに気付きました。ヤバイ。そろそろ何か書こうと思います。
お見捨てなきよう、引き続き宜しくお願いいたします (_ _)
by milk_tea (2016-12-04 11:54) 

あじさい

はじめまして。たまに尾崎豊を聞いていて、久しぶりに聞こうと思ってネットで検索するとこのブログにひっかかり、ブログをみると女性が尾崎豊の感想を書いているので思わず読んでしまいまいした(僕が交際した彼女は、一人を除いてみな尾崎豊が嫌いでした。嫁含む)楽しく読ませていただきました。
尾崎豊の歌は、色んな人が歌っていますが何かピンとこなくて、息子の尾崎裕哉さんが歌っているのを聞いても声はほぼ一緒なのになぜか違う、、、。その意味がこのブログによく書かれていました。あとミスチルにはない魅力なんかも。



by あじさい (2017-02-12 22:24) 

milk_tea

あじさいさん、はじめまして。尾崎の記事にコメントどうもありがとうございます。

そうですね、たとえば初めて知り合った男性に「俺が好きなアーチストは尾崎」って言われたら、その時点でちょっと身構えちゃう女性が多いかもしれないです。私も、この記事を書く前まではそうでした。
どんなことでも、「そのひとつ奥にあるもの」を再度よく見てからその価値を決めるべきだと思いますね。何でも決め付けは良くない・・・。
で、あじさいさんの奥様も尾崎は好きじゃないんですね(笑)・・なんか笑える^^

息子の尾崎裕哉。やはりあじさいさんも違和感を覚えましたか。
声がそっくりだけに、逆に違和感があるんですよね。
むかし韓国に旅行に行った時、列車の中で買った駅弁の海苔巻きを「わあ、日本の海苔巻きと全く同じだ!」と思ってパクついたら、味がぜーーんぜん違っていて思わず吐き出してしまった時の感覚と似ていると思いました。(例えが変かな(笑))
「似て非なるもの」って、逆に受け入れるのが難しいんですよね・・・。

尾崎裕哉は、昨年シングルを出したりもしましたが、結局全く話題にならなかったですね。お父さんがあそこまで伝説の人になってしまうと、これが尾崎の息子だよと言われても「わぁ~面影あるある、声似てる~」以上の興味は誰も持たないのは明らか。気の毒だけれど、別の道で生きたほうがいいんじゃないかなと思います。

そういえば、年末にたまたま仲間と行ったカラオケで「シェリー」を唄ってみました。
お酒や美味しい食べ物を囲んだ、和やかで幸せな空間に、生きる苦しさや孤独を訴えた「シェリー」はちっとも馴染まなくて、割と場がシーンとしてしまったので、いたたまれず途中で「演奏停止」を押してしまった私です^^;
尾崎はみんなで親交を温めながら唄うものじゃないのです。
だからあじさいさんも、奥様が尾崎を嫌いでいいんですよ。
ひとり孤独を噛みしめながら聴くのがいいんです、尾崎は。(u_u)
さ~月曜からまたお仕事頑張りましょう^^
by milk_tea (2017-02-13 00:37) 

あじさい

こんばんは。ある程度順風満帆に進んでいる人にとっては尾崎豊なんて異次元のひとじゃないんですかね。だから女性からすれば違和感ある人が多いんじゃないかと思います。嫁もそうだと思います。

尾崎裕哉さんについていえば、自分自身の歌いたいことを歌えばいいのにと思います。尾崎豊のシェリーとか僕が僕であるためにとか、もう人が聞いてどう思われるかとか考えている部分なんて1ミリもなくて、自分のことをどストレートに、全身全霊で歌っているというか、、、。尾崎裕哉さんにはきつい言い方かもしれないですが、「親父の歌なんか歌うんじゃなくて、自分の歌を歌えよ!親父は自分自身の歌を全身全霊で一生懸命に歌ってたんや(という僕自身は尾崎豊のライブに行くことはかないませんでしたが、、、中2のときは知らなかったです。現在39歳です)」と言いたいです。

このブログでアップしている「僕が僕であるために」の映像は、僕が大学生のころに、NHKの放送で見ました。当時、あれを聞いたときは、なんか自分自身がなんか深いところまで落ちていた時のことを思い出して涙が出てきました。
そういえが尾崎豊のライブのMCか何かだったと思うんですが、「他人が涙を流しているのを見て何か言ってやれるほど自分はいいかげんになりたくない」なんて言っていたように思います。
尾崎豊のシェリーとか僕が僕であるためにとか、こうなんていうのか、深いところまで落ち込んで人に話しかけられたくない、触れて欲しくない、ほっといてくれ、なんていうときに響く歌なのかな、、、。

どちらの歌も深いところまで落ちた人にしか歌えない歌というか、だから他の人がカバーしててもすごく違和感を感じます。
おっしゃるように決してカラオケで歌う歌ではないと思います。

なんかこんなに尾崎豊について書いたりするのは初めてです。人にもあまり尾崎豊のことは話しません。
by あじさい (2017-02-13 22:46) 

milk_tea

あじさいさん、こんばんは。そうか、まだ30代だったのですね。
安室ちゃん世代ですね。(そういう括り方があるのかは知らない)

改めて上の私のコメントを見たら、あじさいさんの奥様が尾崎が好きじゃないらしいことをからかうような書き方になってましたね、ごめんなさい。そういう意味じゃなく、私を含め女性というのは「え、尾崎好きなの?やだ~ちょっと引く~」っていう反応をしやすい、という一般的な話に過ぎません。

>ある程度順風満帆に進んでいる人にとっては尾崎豊なんて異次元のひとじゃないんですかね。

そうかもしれません。もっと言えば、順風満帆であっても自分なりの壁に突き当たって苦しむ人もいるし、逆境にあってもなぜか全く内省的にならないタイプの人もいますね。(ということは結局は状況ではなく精神面の問題なのかも)
女性は常に現実を生きる合理的な生き物だから、「僕が僕であるためにはどうしたらいいんだ~」みたいな無駄な悩みは持たないんでしょうね。

>尾崎裕哉さんについていえば、自分自身の歌いたいことを歌えばいいのにと思います。

そうなんですよね。お父さんが訴えたかったことは、息子が訴えたいことじゃないですもんね。
ただ、年末ぐらいに尾崎裕哉のドキュメンタリーをやっていたの、あじさいさん見ました?その中で「結局僕には唄に込めて伝えたいほどのことが無い」とかハッキリ言っちゃってましたね。(すみません、この話、コメントのどこかで書いたかも。最近よく同じこと何度も書いちゃいます(笑))
小さいうちから、繁美夫人は子供を守るために2人でアメリカに移住して、何不自由なくNYの慶應でずっと平和に暮らしてきた裕哉くんですから、社会に反逆する理由なんて何もないのでしょう。彼の語りを見ていても、くすんだところ、ねじれたところが一切ない。とてつもなく好青年でした。
だから「僕僕」や「シェリー」を唄わせたところで「声が似てるね」以上の何の成果も得られないのは確かですよね。
そして、そんな彼に「自分の歌を歌えよ!」と言ってもそれは無理な話です。
だから、昨年彼がリリースした曲も、子供の頃からのお母さんとの穏やかな暮らしを綴った歌詞だったようです。「尾崎の息子」という時点で、何か尖ったものをみんな求めてしまいますからね。そうなるとやっぱり売れることはないだろうなと・・・・。

>(という僕自身は尾崎豊のライブに行くことはかないませんでしたが、、、中2のときは知らなかったです。現在39歳です)

尾崎が亡くなった時はまだ中2でしたか。うわ~。中2って徐々に自我が目覚め始める時ですが、ちょっとまだ尾崎の死をリアルに感じるには子供すぎた感じでしょうね。

>当時、あれを聞いたときは、なんか自分自身がなんか深いところまで落ちていた時のことを思い出して涙が出てきました。

その時にそんな風に感じられたあじさいさんの繊細さというか、自分を見つめる真摯さ、真面目さがいいです。とても好きだな~(私に好かれてもしょうがないですね)

>「他人が涙を流しているのを見て何か言ってやれるほど自分はいいかげんになりたくない」なんて言っていたように思います。

尾崎そんなこと言うんですか。すごいな~。でも確かにそうですね。
他人のうすっぺらい慰めなんて何の得にもならないですもんね。
そういう、純度の高い嘘のない言葉を吐き出せるからやっぱり尾崎はすごい、というか、当時信奉者があれだけ居たのもうなずけます。

>どちらの歌も深いところまで落ちた人にしか歌えない歌というか、だから他の人がカバーしててもすごく違和感を感じます。

そうか、だから尾崎のカバーってだいたい違和感がつきまとうんですね。
尾崎の曲は、尾崎のためのオーダーメイドだから、他の人が身につけてもピッタリとは来ないと・・・。分かります。

しかし、彼が亡くなって四半世紀。同世代やファンはみんなおじさん、おばさんになって、尾崎だけが美しく若いまま。時が経てば経つほど尾崎との距離は遠くなる。早く死ぬって、ズルイことですね。
by milk_tea (2017-02-14 01:02) 

あじさい

なんかイタイコメントしてるのに、素早く優しくコメントして下さってることになんか恐縮です。学生時代。「尾崎豊が好き」って話しても、みんなの反応は「イタイ奴」って感じでしたよ。大学生のとき、母親に尾崎豊が好きっていうと、「あの人の歌、暗いわ」でした。妹も当時大学生の僕に「まだそんなん聞いてるん?」って感じでしたよ。妹のコメントのニュアンスとしては、「尾崎豊なんて通過点でしょ?」っていうような感じですかね。大人として生きてゆくならバランス感覚のあるミスチルみたいなのがいいんだと思います。


話は変わるんですが、尾崎豊のことを見城徹っていう人が語ってるんですが、「多分、尾崎はこんな感じだったんだろうな」と思わせるものでした。参考までにどうぞ。youtubeで見ることができます。

   〇 尾崎豊について語る(見城徹)
   〇 人生の歩き方~見城徹×尾崎豊
   
by あじさい (2017-02-19 20:16) 

milk_tea

あじさいさん、こんばんは。
そうか、なるほど~。妹さんの「尾崎豊は通過点くらいにしておくべき」というのは、女性全体の見解かもしれません。かなり真理を突いてますね。

いや~、でも40も過ぎた男とかが「ミスチルに人生を教えてもらった」みたいなこと言ってるとしても、なかなかにイタいですよ。尾崎ほどじゃないにしてもね。

それと、見城徹!!はいはい!
彼と尾崎の関係性みたいなのは、1年前にさんざん文献や映像で私も見まくりました!尾崎はアーティスト人生の後半は、かなり見城徹に気持ち的に依存していたみたいですよね。大阪だか福岡だかのライブの時でも、どうしても見に来てくれと駄々っ子みたいにずっと電話が来て・・・行かないと本気で怒ってしまって収拾つかなくなるとか・・。自分にも厳しいけど、人にも同じように厳しくて、100%の帰依を求める感じ。彼が急死した時、見城さんは「内心少しホッとした」って言ってました。(どれかの映像で見た)
尾崎はやはり早く死ぬべくして死んだ、というか、到底長くは生きられない種の人生だったのですね・・・。色々考えさせられます。
by milk_tea (2017-02-19 22:21) 

みるふぃーゆ

はじめまして。前の投稿へのコメなので読んでいただけるかわからないですけど^_^;
最近、斉藤由貴が3度目の…で過去のフリンも話題になったことから、昔好きだった尾崎のことを思い出し、いろいろ記事を眺めていてmilk-teaさんのこのブログにたどり着きました!共感したのでコメント残します!
私は当時、コンサートにも行き、リアルタイムでアルバム壊れた扉からまでの3枚まで何度も聞きまくっていた世代?です。
当時、この思いを共有出来る女子は回りに皆無に等しかったので、この投稿に会えて嬉しい!(笑)
4枚目のアルバムからは聴く気にならなかったですけどね。
あれから20年以上が経ち、改めて尾崎の記事を見たりYouTube見たりして、当時の自分のことや初めてラジオで17歳の地図を聞いた時の衝撃などに思いふけっています。
ブログ、共感しながらとても面白く読めました。
あれから尾崎熱はどうなったか?続編など読んでみたいです…(笑)
by みるふぃーゆ (2017-08-15 10:21) 

milk_tea

みるふぃーゆさん、初めまして!コメントありがとうございます♪
新しい記事をなかなか上げないので、古い投稿に戴くこのようなコメントがこのブログの屋台骨なんでございますよ^^
長いばっかりの私の文章をしっかり読んでいただいて、感謝感謝です。

そうそう!斉藤由貴の一件で再び脚光を浴びた尾崎豊・・・(そういう脚光の浴び方、ちっとも嬉しくないですけどね)
みるふぃーゆさんのように、コンサートに足を運ぶようなファンでも3枚目のアルバムで挫折。そうなんですよね・・・。
それが嘘偽りのない、正しい感覚だと思いますよ(笑)
「いやいや、後期の作品が本当の尾崎だ」とか言う筋もあるでしょうし、そういうコメントを上のほうでもいくつか戴いてますが、申し訳ないですがそれはないなぁ~
「枯渇」「生みの苦しみ」みたいなものを曲の行間からイヤと言うほど感じさせ、聴いている者を苦しくさせる・・・きっと尾崎は本当に苦しかったことだろうと思います。

ちょっと余談ですが、私は自分のブルーレイレコーダーで「キーワード」で勝手に録画される設定を利用していますが、その中に「尾崎豊」が入っているので、時々オザキ関係の番組が録画されています。
そのほとんどが尾崎裕哉(息子)関係か、あるいは80年代のJ-POPを振り返る番組。過去モノで尾崎で放映される映像は100%、とあるライブの「I Love You」だけです。真っ暗いステージで歌うアップの映像。あれしか放送許諾してないんですね。
あれあんまりカッコ良くないんだよなあ~。他にもっともっと素敵で尾崎らしいライブ映像あるのにもったいないなぁといつも思いながら「削除」してます。
それと、息子さんの映像をいつも見ながら思うのですが、もう彼は音楽活動はあきらめたほうがいいんじゃないかなと感じています。結局、尾崎のヒット曲をカバーすることしかニーズがなくて、亡き父の遠ざかる背中を影踏みのように追いかける以外のことは出来ない。かといってオリジナルを唄うとビックリするほど魅力がないし。慶應も出ているのだから会社員でもやったほうが成功するのではないでしょうか・・・。(今見たら、上のほうのコメントでも私、同じこと書いてた。もはや老人(苦笑))

話が色々になってしまいましたが、尾崎についてはライブ映像をたくさんキャプチャしていてiPodに入れてますので、今もちょいちょい見てますよ♪
好きなライブが2つあって、そればかり見ています。
思えば、(最新記事の)キリンジと尾崎豊、真逆すぎて笑えますよね(笑)
自分のキャパの広さが怖い(笑)
他の記事も、何か気付いたらコメントいただければ幸いです。
by milk_tea (2017-08-15 17:10) 

みるふぃーゆ

わぁー!milk-teaさん、こんなに早くコメ返くださり、感激です!
今日まで仕事夏休みで尾崎dayと決めこみ、思い出にふけってます(笑)
他の皆さんのコメントも読んで、へぇー知らないこといっぱいあるなーと感心しながら。
尾崎の人生ドラマ、小栗旬いいですねぇー。
でも成宮君でやっちゃったから、もう無いかしら^_^;
そう言えば数年前に小栗旬と石原さとみのドラマの主題歌になったmiwaの「ヒカリへ」のCDを私の息子が買ってきて家で聴いていたとき、いきなり僕が僕であるためにのイントロが!大騒ぎしてしまいました。なぜmiwaがカバーしたのか謎ですが、とてものびやかな歌声の爽やかな僕僕でした(笑)
でもこうしてリアル尾崎を知らない若い子達が聴くきっかけにもなるからいいのかも?なんてその時は思ったものです(笑)
裕哉(尾崎息子)くんは…私も見ましたが、もう27歳だとか。う~ん、期待度は高いし、確かに声や歌い方似てますけど、それだけではね。この人、本当に歌いたいのかな?伝えたいことあるのかな?義務感とかでないといいですけど。
同じ音楽でも全く違う形で(たとえば、さだまさしの息子さんのTSUKEMENとかのように)現れても良かったのになぁとか勝手なことを考えました。音楽の才能はきっとあるのではと思うので。

milk-teaさんのブログで他のアーティスト…
佐野元春(好きでした!)、レベッカ(好きでした!)の投稿読みました。
もうー、うんうん、そうそう!と頷きながら(笑)
とても楽しくて共感出来るので、今後も時々お邪魔しますね。
久しぶりに尾崎のこと話せてとても楽しかったです!
by みるふぃーゆ (2017-08-15 21:39) 

milk_tea

みるふぃーゆさん再びどうも!(はい、私も夏休みなので返事も早いです)

尾崎の人生ドラマ、小栗旬は顔がすごく似てると思って。
尾崎って、目が細くて薄~い印象の顔立ちに見える時と、ハッキリした目鼻立ちで濃い目のハンサム顔の時と別人みたいに変わるんですよね。男性でああいう目の人たまにいます。二重のラインがはっきりしないタイプの目で、日によって、あるいは元気だったり疲れていたりで目の印象が変わる。
そういう不安定なところがまたカッコ良かったりする。
で、薄い顔の時は小栗旬に似てます。濃い時は成宮寛貴。成宮くんは何だかトンでもないことになっちゃいましたね。これも尾崎役をやった呪い(?)でしょうか・・・。

miwaが僕僕のカバー唄ってるのは、歌番組で見たことあります!CDにも入ってるんですね。ただ番組で1度だけ唄っただけなのかと思ってました。キーもかなり高くてだいぶ印象が違いましたね。

裕哉くんは、おっしゃる通り声質や歌い方がとても似てるので、尾崎の曲を歌っていると死んだ人が生き返って歌っているようでゾクゾクとする魅力はあるんですけど、それ以上でも以下でもないんですよね。
私が見たドキュメンタリー番組の中でも裕哉くんは「これといって歌にしたいネタがない」って悩んでました。(これ何度も書いてますが)
アメリカの慶應の中高時代も、ごくごく平和に暮らしていたようで、バイクを盗みもしなけりゃ窓ガラスも割らなかったようですし、反骨精神をもつべきシーンなど一切なかったようです。
ある意味「苦労のない人生」ってアーチストにとっては致命的っていうんですかね、
皮肉なことですが・・・・。
それでも見えないものに背中を押されるように、宿命的にミュージシャンの道を選択したそうですが、音楽そのものを本当に好きなのかはよく分からないといったことも言ってました。ある意味、素直な人ですよね。"人間" としてはお父さんより100倍マトモだと思います(笑)
by milk_tea (2017-08-15 23:45) 

人力飛行機

 相変わらず尾崎談義になると盛り上がって、てのはどこの掲示板でもそうみたいです。前半が良いか後半が良いかはもう語り尽くしたので私はひとまず。

 ただ私なりに思うのは。彼が歌った背景には自身の学校生活での挫折感ややり場のなさや苛立ちや。それが彼だけじゃなく仲間との共通の問題で。彼の初期の歌はだから彼だけじゃない、同世代の苛立ちや挫折感やを表してもいた。
 彼は後に纏められたノートの冒頭に「絶望的青春」という題名で、中学時代に長い独白を書いています。こんなことしてて無意味じゃないのか、誰もそういう問に答えてくれる大人はいない。誰もかれも、他人に遅れまいとしている。「そんなことじゃ取り残されるぞ~」という声に怯えて生きている。それであくせくするだけ。夢がない。でもそれで学校辞めれば中退者で社会では生きにくくなってしまう。中退で出遅れたくないから、分かったふりして生きている。誰も本当のことを教えてくれる奴などいない。偽善者ばかりだ。学問の面白さはそんな「食うため」とか競争の為じゃないはずだ。納得できないまま授業受けテストされる。正直さが失われていっている。僕は自分に正直に生きて行きたい。
 
 彼はそういう長文を書いてて。10代前半にしてはよく考えてるし、まったく御尤もというしかない疑問が書かれています。

 こういう疑問を抱えている若い人は今も居て、だから彼の歌は今も聴き継がれていっているのだろう。彼の中のこういった激しい渇望や疑問が彼の歌の原動力だった。こういった疑問は垢が付いてないまっさらな眼で書かれていて、とても貴重なものだと思います。で、しかもその疑問はおそらく心の中では多くの若い人に共有されたまま眠っている。

 尾崎豊を切り取る視点は色々でしょうが、ただに伝説的ロック歌手というには色んな問題を提起し、視ていた人だし、しかし、いつの間にか抱えていた同時代の閉塞感よりも、彼のアイドル性やスキャンダルの方が先行するようになったのは、仕方ないことだったかもしれないが、私としては彼が抱えていた「絶望的青春」にこれからも焦点を当てて行きたいと思っています。
 彼の終生持っていた行き場のなさは、おそらく普遍的な意味があった。そこでその行き場のなさの由来を突き詰めて行くことには意味がある。私のSeynもまた、そういう閉塞感の由来を自分なりに突き詰めて行ってる気があるので、私にとっては他人事じゃないし親近感がありますね。

 最近、訳あって、女子学院という千代田区麹町の中高一貫女子校の制服着用義務の廃止の経緯を調べていました。1969年11月にそこの高校2年の一部生徒がバリケード封鎖をしたらしい。当時既に受験名門校だったけど、疑問を感じた生徒がそれをやった。学長は警察を導入せず、2日間全校集会を開いて教師・生徒全員と話し合った。その後、1972年6月に父兄に文書で制服着用義務を廃止することを通達した。服装を選ぶこともまた個性を以って自己を選び取るという教育の一環だとする、という。今そこの生徒は毎日私服で通っていて、ただ制服も着たければ着ていいので着ている生徒も稀にいるという状況になっている。自由です。私は今の生徒の通学風景をを視た事がありますが、たしかに個性がよく出ています。この制服着用義務廃止の背景に、1969年のバリケード封鎖の影響があるのではないかと私は見ています。何事もやってみるものだ、そう悲観する風景ばかりではないよと、尾崎に言ってやりたい気持ちです。
by 人力飛行機 (2017-08-16 21:56) 

人力飛行機

 上の女子学院の記録に一部誤りがあったので。学長から制服着用義務廃止の通達が父兄にあったのは1971年6月です。実施は1972年だそうです。訂正いたします。
by 人力飛行機 (2017-08-16 22:08) 

milk_tea

人力飛行機さん、どうもありがとうございます。
人力さんの尾崎論、いつも熱く深いので感心してしまうのですが、人力さん特有の哲学視点がどうも私が理解できる範囲を超えていて半分も理解できません!申し訳ございません。前も申し上げましたが、出来ればレベルの合う別のブログか掲示板等で語っていただければと考えます。

ひとつ思うことは、(前にも同じ話をしているんですが)尾崎はごくごくフツーーの人だったのではないかということです。若さゆえの反抗心や挫折感をノートにしたためるなんて、ちょっと生意気な少年ならみんなやってる。
彼がたまたま歌が上手くて、見た目もそれなりに良くて、若さゆえのヒネた思いを曲に仕上げて表現する才覚があって、そして何よりそれを2倍増しにして引き上げてくれるブレーンにたまたま巡り合うことが出来た。実際はその程度だったんじゃないかと思っています。
彼の栄光は3割は自分で作り出したでしょうが、5割は運、あとの2割は不遇の死で伝説化したこと。こんなところじゃないかと思っています。いずれにしても尾崎の思想的考察にはあまり興味がありません。なぜなら、実は彼は思想というほど立派な思想はきっと持ち合わせていなかった、と(私は)思っているからです。(本当にファンなのかい!と言われそう(笑))
(お返事不要です)
by milk_tea (2017-08-17 00:26) 

hamakko

こんにちは。hamakkoです。

尾﨑とキリンジ,真逆ではないですよ~。
特に初期の尾﨑は,音楽としてもポップですし,milk_teaさんが書いておられるように,Aメロ~Bメロ~Cメロの流れがスムースです。この「スムースなポップ」というのは二つのアーティストに共通する点だと思います。例えばスターリンとかアースシェイカーとかAKB48とかに比べると,両者は近いと思います。

僕は尾﨑とほぼ同世代ですし,学校も同じなので若い頃は本当によく聴きました。憧れ半分,やっかみ半分て感じかな。
浪人して原宿をぶらぶらしていたときにたまたま代々木で尾﨑のライブがあって(後にライブ盤として出たやつです),当日券があったので並んでいたら,関西から来た女の子に余ったチケットを売ってもらって観ることができました(ヤクザのダフ屋に追いかけられて怖かったw)。
そのときは3rdが出る直前の時期で,彼の教祖のようなMCを聴いてどん引きし,それからは距離を置きました。

彼が死んだときもわけあって浪人していましたが(w),昔の親友が突然死んだようで,しばらく呆然として葬儀の中継や追悼番組ばかり見ていました。

尾﨑は,1stが最高だと思いますし,今でもたまに聴きますが,これは彼の,というよりプロデューサーの須藤氏の作品ですね。彼を一定の方向に無理矢理持って行った感じ。彼が本当にやりたかったのは,ジャクソン・ブラウンの音楽にさだまさしのような歌詞を乗せることではなかったかと思います(ブルース・スプリングスティーンが言ったセリフの受け売り。彼の場合はロイ・オービンソンの音楽にボブ・ディランの歌詞を乗せるでしたがw)。
by hamakko (2017-08-17 10:27) 

人力飛行機

 まあ彼のやや芝居じみて視えたところはちょっとダサイな・・・と私も思うけども。

 私は1stはいかにも高校生の作品という匂いがチラとするので、好きな曲はあるけども自分にとってのno.1でじゃないですね。やや内省的な部分が現れてきて、しかも10代後半のはぐれた少年の傷みや荒々しさが溢れている3rdがあの3部作では一番好きかもしれない。

 あと、彼の初期が須藤氏に持って行かれたというのは、中学校時代のノートを視ても、後の作品にある視点や感性は既に現れているので違うと思いますね。須藤氏に出会う前に既にああいうことは考えていたわけだから。「街の風景」や「ダンスホール」はオーディションで既に歌っていた。須藤氏のせいではない訳です。須藤氏がやったのは、まあ、popsとして成立するための切り取り方纏め方、といったところだろうと思いますね。

 あと前にも言いましたが『街路樹』『誕生』にもさらに文学的内省的に洗練されたものは出ている。そこは聴き方はここの人達とは違います。
by 人力飛行機 (2017-08-18 00:33) 

milk_tea

hamakkoさん、こんばんわ。コメントありがとうございます。

>尾﨑とキリンジ,真逆ではないですよ~。

まさかの、"尾崎とキリンジそんな遠くない説"!マジですかっ!?(笑)

>Aメロ~Bメロ~Cメロの流れがスムースです。
>例えばスターリンとかアースシェイカーとかAKB48とかに比べると,両者は近い

尾崎がそうだというのは分かりますね。あくまで正統派な展開。
キリンジも、各論で見るとパーツパーツはヒネこびているけども、全体の構成としてみるとそんな無理がないっていうことなんですかね。そこちょっと私、まだ辿りつけてないですわ・・(笑)
で、意外に感じるのがAKB48って(有名な数曲しか知らないけれど)そんなに凝った流れだったりするんですっけ?私はまた、フォーチュンクッキーを代表するような「昔どこかで聴いたことがある」王道展開こそがAKB48なのかと思っていましたよ。
でもミュージシャンでもあるhamakkoさんがおっしゃるのだから、その「仕分け」は正しいのかもしれません。
まあ、でも「ゾウとサルは意外と近いよ。カメレオンやピラニアと比べると。」と言ってるようなものかもしれませんよね。「それはそうだけど、でもゾウとサルじゃだいぶ違うよ!」みたいな・・・(笑)

>僕は尾﨑とほぼ同世代ですし,学校も同じなので

えーと、あ、そうなのか。彼は大学は行ってないわけで、hamakkoさんは例のKR高校だから、大学と高校とで違うけど系列(敷地も?)は同じ、ってやつですね。

>関西から来た女の子に余ったチケットを売ってもらって観ることができました

おーっ、ナマ尾崎経験者!!貴重!うらやましぃ!

>彼の教祖のようなMCを聴いてどん引きし,それからは距離を置きました。

あ~、映像でその辺の感じは色々見ました。あれはヤバイ。新興宗教か危ない自己啓発セミナーみたいですよね。あのように自分で自分の立ち位置を狭く狭くして行っちゃったのが彼の敗因でもありますね・・・。でももう、ああいう方向に行く以外道はなかったのかな。

>昔の親友が突然死んだようで,しばらく呆然として葬儀の中継や追悼番組ばかり見ていました。

あの時はホント、日本中大騒ぎでしたよね。葬儀の時の護国寺周辺でワーワー泣き叫ぶ若者たちはもう、悲しみに酔いしれちゃってる感じでした。
あれから25年ですよ・・・・。

>尾﨑は,1stが最高だと思いますし,今でもたまに聴きますが,これは彼の,というよりプロデューサーの須藤氏の作品ですね。

そこは同感です。ミスチルでいう小林武史みたいなものですよね。敏腕プロデューサーが居なければとてもじゃないけど売れやしなかっただろうという・・・。
ガサガサした剥き出しのカステラを、綺麗に四角く切り出してクリーム塗ってイチゴ載せて・・・ってやったからみんな買った。とはいえ、やっぱりカステラ(スポンジ)そのものが特別に美味しかったというのは間違いないわけですが。

結局、尾崎の真の価値ってどんなものだったのだろう。という問いは、彼があまりにも早く居なくなったせいで、永遠に分からなくなってしまった感はあると思います。本当に才能に満ち溢れていたのか、実は単なる瞬間的なきらめきに過ぎなかったのか、それが判明するにはもっと長く歌い続けてくれなければならなかった。そこは残念でもあり、でも結果的には図らずも永遠を手に入れた。とも言えるわけですよね。
いや~、改めてまた彼の音楽を、LIVE映像を見返してみようっ(笑)
by milk_tea (2017-08-18 02:04) 

人力飛行機

 尾崎の真の姿・価値ということでいうと。彼は詩集(歌にはなっていない詩)『白紙の散乱』も出している。これは硬派の文芸理論家からも「比喩が高いレベルで為されている」と高い評価を受けています。それから小説は多様なものを書いてる。ドラッグ体験『LOVE WAY』あるいはその末のようなドッペルゲンガー『幻の少年』。また洒落たラブストーリー。また都会の孤独な青年の独白といった趣の断片集『誰かのクラクション』。私は『誰かのクラクションは愛読したクチで、これで彼の才能の特異さを感じたものです。この本で、周囲に演出されただけの歌手ではないと初めて感じました。それと前にも言った中学時代からの独白・創作ノート。大部で400頁以上ある。

 プラス元妻や実兄の書いた回想録があります。生々しく、ファンから「嘘だ」と忌み嫌われているものもある。

 こういった書き言葉の作品や身近な人の回想録を彼は多く残しており、彼が何者かというのは簡単には言えないけども、歌だけでは視えないものがあったと思うので、目を通すのは一考だと思います。
 私も彼と云うのは底が視えない人で、だから一言では言えない。言っても良いけども、それこそ思想用語での難解な言い方になって行く。なので私は簡単には纏めないでいるということにしています。

 須藤晃さんに関して言うと。今尾崎の作品の著作権を管理しているのが彼だという事で、死後に色んな人間が尾崎の個人事務所に出入りするようになり、権利問題が荒らされたと元マネージャーの回想録で読んだので、生前の尾崎と信頼関係にあった須藤氏が管理するようになって本当に良かったと思っています。
 須藤氏は会って彼の死について話したときに、人力に「尾崎さんや僕の書いたものをこんなに深く読みこんでいるのには驚いていますし嬉しいですね。貴方の言うそのまんまです。ありがとうね」と言ってくれた。そこは私からも須藤氏には感謝しています。
by 人力飛行機 (2017-08-18 07:14) 

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